コラム「はいかい漫遊漫歩」     松谷富彦

 (50)詩人はなぜ俳句を詠むか(上)

 H氏賞を詩集『水甕座の水』で受賞(1975年)したのを始め、詩歌文学館賞、萩原朔太郎賞など数多くの賞を総なめにしてきた詩人、清水哲男さんが主宰し、1996年からスタートしたインターネットのウエブサイト歳時記『増殖する俳句歳時記』が、今夏(2016年)、20周年を迎えたのを機に終了した。

 搭載の一句ごとに選句者の鑑賞(句解)を付けるスタイルで、主宰者、清水さんを中心に「余白句会」の詩人仲間(松下育男、今井肖子、八木忠栄、三宅やよい、土肥あき子さんら)と俳人、今井聖さんが交替で選句、執筆。一日一句ずつ“増殖 ”した搭載句が20年で7306句。俳人や俳句を嗜む人が座右に置く「歳時記」は、季語に簡単な説明と例句が並ぶが、増殖俳句歳時記の凄いところは、まさに一句ずつに詩人による句解(鑑賞)が付いている点だ。

 今井聖さん以外のメンバーは、本業が現代詩の詩人たちだが、清水さん(俳号赤帆)は『匙洗う人』『打つや太鼓』の二つの句集があり、2007年から2年間、俳句雑誌『俳句界』編集長の経歴も。「余白同人」の一人、辻征夫さん(俳号貨物船、2000年61歳で急逝)も、歴程賞受賞の『天使・蝶・白い雲などいくつかの瞑想』,高見順賞の『ヴェルレーヌの余白に』など多数の詩集のほか、句集『貨物船句集』、句詩集『俳諧辻詩集』〈萩原朔太郎賞受賞〉を残した。

 辻さんは『俳諧辻詩集』の「あとがき」で〈 私は…自作の句を突き飛ばすような感じで「俳諧辻詩集」という連作を試みているが、これも元をただせば現代詩は痩せすぎたのではないかという思いから来ている。江戸以来の俳句は簡潔な認識と季節感の宝庫であり、それは気がついてみれば現代詩にとっても貴重な遺産だった。〉と書いている。貨物船句から引く。

〈 葱坊主はじっこの奴あっち向き 〉〈 行春やみんなしらないひとばかり 〉〈 春雨や頬かむりして佃まで 〉〈 リスボンのあばずれ恋し蜥蜴彫る〉〈 《蝶来タレリ!》韃靼ノ兵ドヨメキヌ 〉

(51)詩人はなぜ俳句を詠むか(下)

 清水哲男さんの『増殖する俳句歳時記』スタート時の「あいさつ」から引く。

 〈 私は、…中学生くらいから俳句を常に愛読はしてきましたが、いわゆる「俳人」ではありません。が、日頃、趣味としてひもといてきた種々の歳時記には、いつも大きな不満を〉〈その最大の点は、選句にあります。…どの歳時記の掲載句にも玉石混淆ぶりが目立ちすぎます。多く、編纂者や編集者の結社意識ないしは怠慢のしからしめたところでしょう。…一俳句愛好者までが、そんな俳壇政治や怠慢に付き合う必要はないわけです。〉〈 そこで、誰もやらないのなら自分が「いっちょう、やつたろか」という気になり、後先をもかえりみず…〉と。

 単独で選句、句解(鑑賞)を10年続けたところで、「余白句会」の詩人たちがスタッフに加わり、「新・増殖する俳句歳時記」としてさらに10年。結社俳句に限らず“遊俳”句も含め“詩人の眼”で古今の秀句、佳句を選び、搭載してきた。

 “遊俳”搭載句から引く。〈 天の川の水をくみきて茶の湯かな 有吉佐和子 〉〈 ひと魂でゆく気散じや夏の原 葛飾北斎 〉〈 かきくわりんくりからすうりさがひとり 瀬戸内寂聴 〉(漢字を当てれば「柿榠樝栗烏瓜嵯峨一人」。…四つの果実の「K」音がこころよい響きで連続…しかもすべて平仮名表記されたやわらかさ)と八木忠栄の句解。

 結社「春耕」同人の搭載句から七句を紹介する。〈 桜餅三つ食ひ無頼めきにけり 皆川盤水 〉〈 ばかてふ名の花逞しや能登荒磯 棚山波朗 〉〈 蝉生れ出て七曜のまたたく間 伊藤伊那男 〉〈 萩刈りて風の行方の定まらず 柚口満 〉〈 遠吠えが遠吠えを呼ぶ霜夜かな 松川洋酔 〉〈 岩牡蠣ををろちのごとく一呑みに 武田禪次 〉〈 花冷や石灯籠の鑿のあと 武田孝子 〉

 清水哲男(俳号赤帆)句から。〈 春いくたび我に不落の魔法陣 〉〈 薄氷をひらりと飛んで不登校 〉〈 さらば夏の光よ男匙洗う 〉(女たちは氷菓を上品に匙でつつきながらおしゃべりに余念がない。男は黙って匙を…)と多田道太郎の句解。