俳句時事(173)

作句の現場「初夏の佐渡」  棚山波朗

初夏の佐渡には見るべきものが多い。それは佐渡特有の自然と、そこに根付いた伝統行事・文化が連綿と受け継がれていると言うことである。
佐渡と言えば誰もが思い浮かべるのが「朱鷺」である。朱鷺は一時絶滅が危ぶまれたが、その後中国から譲り受けるなどして人工飼育に成功した。「トキ保護センター」の話では、現在施設で飼育しているのは193羽、野外で育っているのが163羽と言うことである。
この春野外でのカップルの卵が孵化しており、将来の見通しは明るいようだ。
その朱鷺が空を飛んでいるところを6月の佐渡吟行会で見ることが出来た。保護センターでの朱鷺は数年前に見たが、野外での朱鷺は初めてであった。
フェリーを降りて根本寺へ向かっているバスの車中、誰かが急に「朱鷺だ」と叫んだ。慌てて左前方を見ると、1羽の朱鷺が右方向へと横切るところだった。大きさは鳩ほどで、見かけはややスマート。ゆっくりと流れるように飛んでいた。何よりも顔と脚の赤いのが印象的であった。
佐渡文化を代表するのが能である。かつて世阿弥が流刑にあったことから全島に広まり、多い時で能舞台が200以上あったとされている。その後減少したがそれでも現在30棟ほど残っていると言う。
能の上演は昼間が普通だが、夜に行われるのが「薪能」である。発祥は奈良興福寺で行われたものとされている。
今回の吟行で観る機会を得たのが牛尾神社の能で同社は奈良朝末期に創建され、古くから島民に親しまれて来たようだ。能舞台は殿に向かって左手に軒を接するように建っていた。

大きな杉の林の中に建つ能舞台ではすでに開演に向けて準備が進められていた。3ヶ所の篝に点火され、炎が高く燃え上がっていた。やがて本殿の太鼓が打ち鳴らされると、宮司の挨拶、巫女による火入れ式と続く。いよいよ能の開演である。手許の資料によるとこの日の演目は「乱」。シテは放生流の齋藤美千枝、ワキは土屋晴夫である。
ストーリーは、昔中国のある所に孝行息子がいて毎夜酒を売っていると、そこへ猩々が現れる。そして息子を誉め、酒をたたえて、波を蹴立てるようにして乱舞する、と言うもの。
前段をワキが演ずると、橋掛りより猩々の登場である。髪の毛から面、装束の全てが赤づくめで、不思議な笑みを浮かべている。水を跳ね上げるような特殊な足捌きで乱舞するところが見せ場である。舞台に響く足音におめでたい雰囲気がみなぎっていた。
「かんぞう」の群生地として知られる大野亀台地も見所の一つ。ここでは推定50万株、100万本のかんぞうが自生しているという。場所は佐渡の北端に位置するが、荒波にも負けずに咲き盛る光景は壮観であった。