古典に学ぶ㊳ 『伊勢物語』のおもしろさを読む(26)
─ 惟喬親王の取り巻きとしての昔男と有常 ─

実川恵子

みそはぎ

みそはぎ

第十六段の「友だち」が昔男であることは言うまでもなく、また、紀有常は、昔男のモデルである在原業平の妻の父親であることは先述した通りである。そして、初段は昔男と有常の娘との出会いの場面を描いているとも考えられる。したがって、有常は娘婿である昔男を「ねむごろにあひ語らひける友だち」としていることになる。
舅(しゅうと)と娘婿が「友だち」関係にあるというのはやや奇異に映るが、年の離れた若い友人と自分の娘を結婚させるというようなことはいつの時代にもあり得る。風流人であり、色好みでもある有常は昔男とは同類の嗜好を持つ人物であり、2人は互いによく気があったのであろう。
先に記したように有常の妹の静子は文徳天皇の更衣となり、第1皇子惟高親王を産んでいる。惟高親王はとてもすぐれた聡明な人物で、大変人気があり、またすこぶる風流人でもあったようである。
その親王の伯父にあたる有常は、いつもそばに仕え親王をもり立てていた。そして親王の従姉妹の夫である昔男も、やはりこの親王をこの上なく敬愛し、親しく仕えていたのである。その様子は『伊勢物語』の第八十二段・八十三段・八十五段の、いわゆる惟高親王関連章段群に描かれている。
第八十二段の、有名な渚の院の話では、有常は再三にわたって親王に代わり、昔男の歌に返歌している。その箇所を引用したい。
親王は毎年桜の季節になると、狩りの名目で水無瀬(み なせ)にある離宮の渚の院に出かけた。その時、いつも右の馬の頭(かみ)であった昔男を同行していた。そして、狩りはろくにしないで一日中桜をめでては歌を詠んでいた。日暮れになると、ある供人が従者に酒をもたせてやって来た。この酒を飲みてむとて、よき所を求めゆくに、天の河といふ所にいたりぬ。親王(みこ)に馬の頭、大御酒(おおみき)まゐる。親王   ののたまひける、「交野を狩りて、天の河のほとりにいたる、を題にて歌よみて盃(さかづき)はさせ」とのたまうければ、かの馬   の頭よみて奉りける。

狩りくらしたなばたつめに宿からむ天の川原にわれは来にけり

「交野」は現在の大阪府枚方市のあたりで、「天の河」は淀川にそそぐ現在の天野川をさすと考えられる。渚の院の旧跡もそのほとりに遺(のこ)っている。昔男が親王に酒をつごうとすると、親王は「交野を狩りて、天の河のほとりにいたる」ということを題にして歌を詠んでから盃に酒をつぐように命じる。昔男はたちどころに歌を詠んだ。
狩りをしていたら日が暮れたので、今夜は「たなばたつめ」、すなわち織姫様に宿を所望しましょう。だって天の河原にやってきたのだから。
「天の河」という地名から七夕伝説を連想し、天の河のほとりに住んでいるはずの織姫の家に泊めてもらおうと、やや好色めいた歌を詠む。このような連想を誘う歌は酒宴の場にふさわしいともいえる。さすがは和歌の名手の昔男である。
ところが、親王はこの歌に返歌しようとしたが、なかなかできなかった。親王、歌をかへすがへす誦(ず)じたまうて、返しえしたまはず。
紀の有常、御供に仕うまつれり。それが返し、
ひととせにひとたびきます君待てば宿かす人もあらじとぞ思ふ
そこに登場したのが、紀有常、苦吟する親王に代わって歌を返す。
残念ながら、織姫様は1年に1度だけやって来る男君(彦星)を待っているのだから、あなたになんか宿を貸してくれる人はいないと思いますよ。
有常も七夕伝説に基づいて、織姫は彦星以外の男を泊めたりはしまいよと機知で切り返す。なかなかあっぱれな詠みぶりである。伯父として親王を助けながらも、昔男に劣らない歌才を発揮しているのである。