自由時間 (47) 漱石の漢詩    山﨑赤秋

 
昨年は夏目漱石没後100年にあたり、今年は生誕150年にあたる(1867年2月9日誕生、1916年12月9日死亡)。というわけで、いろいろな記念事業が行われている。 
   漱石
が十五歳のとき約一年間在籍したことのある二松學舍は、漱石のアンドロイド(人型ロボット)を作り公開した。声は漱石の孫である夏目房之介(漫画コラムニスト)の声を元に合成したもの。今後は二松學舎大学の特別教授として講義や講演を行なう予定だ。
 新宿区は、早稲田南町七番地の夏目漱石終焉の地(現・漱石公園)に、「新宿区立漱石山房記念館」を建設している。「漱石山房」とは、漱石が朝日新聞社に専属作家として入社してから没するまでの9年余を過ごした旧居のこと。その一部が復元されるほか、諸資料が展示される。図書室やカフェも設けられる。今年9月24日(日)開館予定。
 岩波書店は、『定本 夏目漱石全集』(全二十八巻・別巻一)の刊行を開始したほか、漱石に関連する書籍を続々と出版している。面白いところでは漫画版『夢十夜』。原作は不思議な夢の話を十夜にわたって綴った短編小説であるが、それを忠実に近藤ようこが漫画にしたものである。
 なぜ岩波書店がそのように力を入れるかというと、今日あるのは、漱石のおかげであるといっても過言ではないからである。
 岩波書店は古本屋として創業したが、そのとき、岩波茂雄は店の看板を漱石に揮毫してもらおうと思いつき、親友で漱石山房に出入りしている安倍能成に頼み込み、漱石に書いてもらっている。(扁額にして店頭に掲げたが、関東大震災で焼失。幸い墨跡は残る)
 それがきっかけになって、岩波は漱石を頼るようになる。零細な古本屋は十分な運転資金がなく、岩波はたびたび漱石に資金援助を頼み、人の好い漱石は困惑しながらもそれに応えてやった。三千円(今だと一千万円以上か)もの借金を申し込んだこともある。流石にそんな現金はなく、漱石は株券を貸してやり、それを担保に銀行から調達させている。
 岩波は、創業の翌年、出版事業に乗り出すことを考える。目を付けたのは、漱石が連載中の『心』。岩波は漱石に懇願する。「先生、『心』をうちから出版させてもらえませんか」「うん、いいよ」感激した岩波は、付け加えて曰く。「ついては、出版費用を貸していただけませんか」
 岩波書店の処女出版『こゝろ』は、漱石の自費出版だったのである。その「自序」にも書かれているが、漱石は、その装丁もすべて自分で行った。あの中国古代の石鼓文をあしらったものである。今も全集などに使われている。その後『道草』『硝子戸の中』、絶筆『明暗』を出版、没後には『漱石全集』を刊行した。それが岩波書店の礎を築くのに大いに役立った。
 さて、漱石はわが国最後の漢詩人だという。しかも、彼にとって漢詩は俳句よりも重要だった。芥川龍之介・久米正雄にあてた手紙の中にこういうくだりがある。「僕は俳句といふものに熱心が足りないので時々義務的に作ると、十八世紀以上に出られません。時々午後に七律(七言律詩)を一首位づつ作ります。自分では中々面白い、さうして随分得意です。出来た時は嬉しいです」俳句だと蕪村を超えられないが、漢詩はそれ以上のものができると自負しているのである。
 漱石は、少年のころから漢語による作詩作文に熱心で、得意だった。荻生徂徠の著書を写すために、湯島聖堂に通ったりもしている。二十三歳のときには、第一高等中学校の夏休みを房総に旅して過ごしたが、その旅行記を漢文・漢詩でまとめ、『木屑録(ぼくせつろく)』と題して正岡子規に送ったりしているほどだ。(これについては、高島俊男の『漱石の夏やすみ』という面白い本がある)
 その中から七律を一つ。

          客中憶家     旅に家を思うて

        北地天高露若霜  北の空晴れ露さむく
        客心蟲語两凄涼  旅愁さそふか虫の声
        寒砧和月秋千里  月に砧の秋はろばろと
        玉笛散風涙萬行  風に笛の音あふるる涙
        他國亂山愁外碧  他国は山も色よそよそしく
        故園落葉夢中黄  夢に故郷の落葉はなつかし
        何當後苑閑吟句  いつのことだろ裏庭で
        幾處尋花徒繍牀  床几をすゑて花を見るのは    
                                                                   (高島俊男訳)                                                             
 漱石の漢詩は、ほとんど独学で身に付けたものであり、かつ読者を想定したものではなかったが、日本人の漢詩のなかで例外的にすぐれていると吉川幸次郎は褒めている。(ただし、『草枕』には漢詩あり)
 最後に、死の十九日前に則天去私を詠んだ絶筆。

   真蹤寂寞沓難尋 悟の道は寂しく杳として尋ね難く
   欲抱虚懐歩古今 無心に古今を歩まんと欲す
   碧山碧水何有我 碧山碧水に私心無く
   蓋天蓋地是無心 天も地もすべて無心なり
   依稀暮色月離草 朧なる暮色の中 月は草を離れ
   錯落秋聲風在林 入り乱るる秋の声 風は林にあり
   眼耳雙忘身亦失 眼も耳も力を失い 身もまた失う
   空中獨唱白雲吟 空中に独り唱う 白雲の吟