衣の歳時記 (81)  ─ 外套 ─ 

我部敬子

 西高東低の冬型の気圧配置が定まってくる12月。日本海側は雪空、太平洋側は北風に乾ぶ晴天の日が続く。昼はいよいよ短くなり、外套が手放せなくなる季節を迎える。

 外套を脱いで小さな肩があり岸本尚毅

 冬の間洋服の上に着て寒さを防ぐ「外套」。現在は「オーバーコート」「オーバー」と呼ぶのが一般的だ。保温性の高い厚手のウール、カシミア、毛皮などで作る。最新の素材としてはダウン(水鳥の羽毛)の人気が高い。

 外套のポケットの深きを愛す 片山由美子

 オーバーコートは、中世のヨーロッパで着用されたコット cotte に由来する。以来様々な用途のコートがデザインされてきた。十八世紀に、防寒用のものがオーバーコートとして広まった。
 日本では、明治の洋装化が始まると「外套」と訳され、和服の上から着るマントや二重廻しも含めた防寒用外衣の総称となった。生地は黒や紺の羅紗。軍隊や警察、官庁では「外套」という名に統一されていた。因みに初めてコートという語が使われたのは、明治の半ばに登場した女性用「東コート」である。黒づくめの外套に緋色の裏地を付けたものもあったのであろう。

 外套の裏は緋なりき明治の雪 山口青邨

 外套の「套」は大きく長いものの意から転じて、衣服の重ねを表す。翻訳のハイカラさと重厚な独特の語感を合わせ持つこの季語を、多くの俳人が好んで詠んでいる。

 外套と帽子と掛けて我のごと 高浜虚子

 なほ壁に外套疲れし姿なす 岸田稚魚

 外套があたかも己の分身のようである。更に日中戦争の最中に詠まれた二句と終戦直後の句。

 外套の釦手ぐさにただならぬ世中村草田男

 外套の襟立てて世に容れられず加藤楸邨

 明日ありやあり外套のボロちぎる秋元不死男

 当時の社会の空気が、外套の質感と共に見事に伝わってくる。
 このように男性は外套を、自己と外界を繋ぐ象徴として詠む。ロシアの作家ゴーゴリの『外套』を思い出させる。現代の作家もその傾向が続いているようだ。

 外套に荒ぶる魂を包みゆく長谷川櫂

 外套と持物ひとつが革命家筑紫盤井

 これに対し女性俳人は、身体的感触に焦点を当てる。

 ひたすらに纏ひて破るゝ外套かな中村汀女

 外套のなかの生ま身が水をのむ桂信子

 肉の断面硝子に赤し外套古る野沢節子

 外套の泥はね一つ灯に戻る細見綾子

 先に掲げた片山由美子の句もしかりである。
 筆者もこの季語に不思議に惹かれる。「オーバー」や「オーバーコート」を寄せ付けない味のあるこの季語を大切にしたい。

 外套の襟を立て東京の隅へ帰る加倉井秋を