衣の歳時記 (83)  ─ 角巻 ─                                                 我部敬子

 1月に次いで雪の多い2月。太平洋側では日脚が伸びるのを実感できるが、北海道や日本海側は降雪が続く。人々は降り積もる雪の中で淡々と暮らし、遠い春を辛抱強く待つのである。

角巻に出羽のをみなの形かな石崎径子
 東北から北陸にかけての雪国の女性が外出時に着けていた防寒衣の「角巻」。毛布のような布を三角形に二つ折りにして体を包み、吹雪のときは頭から被る。今では見かけなくなったが、市女などのごく一部の人達の間ではまだ使われているという。

雁木市角巻の目の切長に星野麦丘人
 角巻は風土性の顕著なものだが、その発生はそれほど古くはない。「毛布」が輸入された明治時代である。
 幕末に伝わった西洋の毛布は、当初は寝具ではなく防寒具として広まった。明治の中頃に「赤ゲット」と呼ばれる赤い毛布が大流行。
「ケット」は「ブランケット」を略したものである。その頃地方から、赤ゲットを外套のように纏って東京見物に来る人が増え、御上りさんを指す言葉としても使われた。現代のファッションからは想像もできない光景が、子規の句に残されている。

毛布著た四五人連や象を見る正岡子規
 この赤ゲットが寒い地方に馴染み、発展したのが角巻である。それまで蓑や木綿の頭巾、合羽などで雪を凌いできた人々にとって、暖かく、雪を払い落せる羅紗や厚手のウールは格好の素材で、しかもどんな形にも対応できる利便性もあり、以後長く愛用された。地域によって角巻を「フランケ」「ケット」「マワシトンビ」と呼ぶのも、この和洋折衷の名残であろう。

角巻の裾より覗く鯉の苞山崎羅春
 残念ながら筆者は暖地育ちで角巻に触れたことはないので、山形育ちの句友に尋ねてみた。大きさは177センチ程のほぼ方形で、何種類かの色のものが店に売られているという。お洒落も取り入れ、裾にフリンジが付いていたり、胸元をブローチで飾ったりする。

角巻の飾り房より雪しづく早坂萩居
角巻を止めたる襟の銀の蝶上村占魚
 彼女にとって角巻は思い出深いもので、母親が学校まで迎えに来てくれた時など、その角巻に潜り込んで帰るのが楽しみだったとか。また「東北の女性は角巻姿が一番綺麗だと思う」と言う。角巻に縁取られた顔に、厳しい自然の中で凛として生きる芯の強さと優しさが際立つからであろうか。そんなことを聞いていると、若い頃に見た映画「雪国」の、駒子の美しい角巻姿をふと思い出した。

子を入れて雪の角巻羽づくろふ岸田稚魚
角巻の雪払ふ音母の音相澤尚子
叱りゐし子を角巻につつみ去る大網信行
 近年の防寒服の充実に伴い、角巻が忘れ去られるかと危惧していたが、インターネットで検索すると、角巻を現代に甦らせる試みがいくつか目に留まった。観光地でのレンタル角巻やネット通販である。無論デザインは毛皮などあしらったマントに近い可愛いものだが、新しい角巻として広く知られることを望んでいる。