衣の歳時記(93) ─ねんねこ ─                        我 部 敬 子

 

 旧暦の呼称「師走」が新暦にも使われる12月。僧(師)が忙しく東へ西へと走る月と俗に言われるが、一年の終わりを表す「為果(しは)つ月」が転じたという説もある。冬の寒さが深まる中、人の往来は慌しくなっていく。

ねんねこやさぶいさぶいと子をあやし岡本眸

 赤子や幼児を背負ってその上から羽織るやや大きめの半纏の「ねんねこ」。子供を庇護し防寒を兼ねる。綿を入れて広袖にし、衽を付けて前を合わせる。今日ではほとんど目にすることはないが、懐かしい装いの一つである。副季語は「ねんねこ半纏」「負い半纏」「子守半纏」「亀の子半纏」。

ねんねこ半纏廃れ下町冬に入る舘岡沙緻

 ねんねこは江戸時代の半ばから庶民の間で使われ始めた。この愛らしい呼び名は、当時幼児語で寝ることを「ねんねこ」といい、さらに赤子を指す幼児語「ねんね」から転じたものとされる。母や子守の背中は暖かく、安心して眠りに入ることができる。
 因みに我々も歌った〈ねんねん ころりよ おころりよ〉で始まる子守唄は江戸のもので、全国に広まると、その土地に合った歌詞に替えられた。ねんねこ半纏に子守唄の子守スタイルは、実に200年以上前から定着していたのである。

ねんねこの子へともなしに唄ふなり片山由美子

 ねんねこの生地は、銘仙や木綿だけでなく、後に毛織物やキルティングでも作られ、前抱き用も登場した。筆者はウール地のを使ったが、あの時の温もりと子の重みは今でも甦ってくる。

ねんねこの中が静かに重くなる奈良比佐子

 例句を眺めていると、男性と女性とでは大きな違いを感じる。女性俳人の句。

手の伸びてねんねこの子の目覚めゐし大石悦子
ねんねこに母子温くしや夕落葉中村汀女
ねんねこに眠る子うづみ百万遍加藤知世子

 ねんねこの一体感から生まれる母性が滲み出る。
 対する男性は、ねんねこを着た姿そのものを客観的に詠んでいて興味深い。

ねんねこに埋めたる頰に櫛落つる高浜虚子
ねんねこ姿は孔雀模様や子を誇る中村草田男
ねんねこの主婦ら集まる何かある森田峠

 ねんねこに限らず、衣服は女性の専売特許であろう。古代から糸を紡ぎ染織をし、縫い、衣の文化を守り継いできた。その審美眼が育てた着物は、今や世界中の女性から注目されている。この連載が着物の細やかな導きになれば幸いである。長年のご愛読に深謝したい。