春耕俳句会は、有季定型の俳句と和楽の心で自然と人間の中に新しい美を探求します。第五感・第六感を働かせた俳句作りを心がけます。
連載記事 - 月刊俳句雑誌「春耕」掲載

鑑賞 「現代の俳句」(119)2018年4月号

筆談の言葉は褪せず霜柱  陽美保子[泉]

枕草子のおもしろさを読む(11)2018年4月号

「うつくし」という語は、上代には、いとしいという意味でつかわれ、夫が妻に、親が子に愛情こめて抱く思いをいうことばであった。その意味が「うつくしむ」ということばに残り、この「うつくし」は、全体に、右のいとしいという下地の上に、もう少し客観的な「愛らしさ」を加味して使われているように思われる。そして更に、その客観的な愛らしさを「ちひさき」外形に結び付け、更に、小さいものの中でも、均整のとれたもの―かりのこ―、またはみごとな技巧の所産―瑠璃の壺―としての「うつくしきもの」、すなわち、今でいう美しいものへと導いている。

はいかい漫遊漫歩(84)(85)2018年4月号

絶滅のかの狼を連れ歩くーー三橋敏雄の第二句集『眞神』百三十句中の一句である。おおかみに蛍が一つ付いていたーー造型俳句、定住漂泊を唱え、反戦平和運動の側に居続けた金子兜太の句。

自由時間 (58) 2018年3月号

1591年3月3日(天正19年閏1月8日)、伊東マンショら天正遣欧少年使節一行は、聚楽第で秀吉に謁見し、楽器を鳴らして西洋音楽を聞かせた。伴天連追放令が出ていたので、インド副王の使節という形にして訪問したのであるが、その正使は、遣欧少年使節の発案者であるイエズス会東インド管区の巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノその人であった。その通訳として随行したのはルイス・フロイスでる。

曾良を尋ねて(103) 2018年3月号

曾良は7月17日より体調を崩すも金沢を発つ頃は回復し26日には夜まで連句の会に参加した。その後山中温泉に8泊。芭蕉はこの旅において杉風以外ただ一通のみ大垣チームに旅の経過報告の書簡を出している。

鑑賞 「現代の俳句」(118)2018年3月号

どんぐりの昔を拾ひゐたりけり 嶋田麻紀

枕草子のおもしろさを読む(10)2018年3月号

一四三段「いやしげなるもの」(見た目に下品なもの)は式部の丞の笏、黒い髪の筋が良くないの、布屏風の新しいの、引戸厨子、坊さんのふとっているの、本物の出雲筵の畳のである。気品があってうつくしい美を「なまめかし」とすると、気品がなく、魅力のないものが「いやしげなるもの」である。

はいかい漫遊漫歩(82)(83)2018年3月号

東大寺二月堂(奈良)の修二会(3月1日―14日)にちなんで書く。二月堂で行われる修二会の「お水取り」は、若狭(福井)から二月堂脇の良弁杉の根方に遠敷(おにゅう)明神を勧請、、大松明を持った十一人の練行衆(僧侶)が、明神の閼伽井屋(あかいや)の若狭井から香水を汲み、堂内に運ぶ儀式。 詩人、三好達治には、俳人としての隠れた顔があった。俳句を始めたのは詩作より早く、中学時代に『ホトトギス』を購読、独学で作句に没頭、二十歳ころ句作ノートは千句を超えた。俳人を名乗ることはなかったが、伝統的な歌の調べや抒情性が詩に活かされている。

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