春耕俳句会は、有季定型の俳句と和楽の心で自然と人間の中に新しい美を探求します。第五感・第六感を働かせた俳句作りを心がけます。
連載記事 - 月刊俳句雑誌「春耕」掲載

自由時間

自由時間 (66) 2018年12月号

ノーベル文学賞スキャンダル  ノーベル賞の授賞式が近づいてきた。毎年、アルフレッド・ノーベルの命日、12月10日にスウェーデンの首都ストックホルムのコンサートホール(「平和賞」はノルウェーの首都オスロの市庁舎)で行われる。  ノーベル賞を授与するのはノーベル財団であるが、受賞者の選考については、「物理学賞」「化学賞」「経済学賞」の3つはスウェーデン王立科学アカデミーが、「生理学・医学賞」はカロリンスカ研究所が、「平和賞」はノルウェー・ノーベル委員会が、「文学賞」はスウェーデン・アカデミーがそれぞれ行なっている。 同アカデミーに激震が走ったのは、昨年の11月のことである。

自由時間 (65) 2018年10月号

鼓が滝  むかし、摂津の国に鼓が滝という名所があった。若かりし西行が訪れ、松の根方に座り、一首詠もうとあれこれ思案した。

自由時間 (64) 2018年9月号

ウィーン美術史美術館(中欧紀行⑤)  宮殿や庭園、美術館、博物館、歌劇場、国会議事堂などが並ぶウィーンの中心部に、ひときわ威容を放つ双子のような建物がある。ウィーン美術史美術館とウィーン自然史博物館である。

自由時間 (63) 2018年8月号

【 ウィーンとベートーヴェン(中欧紀行④)】 ウィーンの南部にウィーン中央墓地という欧州第2の墓地がある。その広大な敷地の一角に、著名人の墓が集められた名誉墓地区画があるが、その一区画はウィーンで活躍した音楽家たちに捧げられている。モーツァルト(埋葬場所不明のため記念碑のみ)、ベートーヴェン(改葬)、シューベルト(同)、ヨーゼフ・ランナー、シュトラウス一家4名、ブラームス、スッペ、ヴォルフ、グルックなどの錚々たる作曲家の墓碑が美しく並んでいる。

自由時間 (62) 2018年7月号

ウィーンから西へ300キロ、電車で2時間20分のところに、ザルツブルクがある。「塩の城」という意味である。昔、岩塩の集散地であったことからその名がある。ドイツとの国境まではほんの数キロだ。人口は15万人の小都市だが美しい街で、中世からの街並みを残す歴史地区と教会や宮殿などの歴史的建造物がユネスコの世界文化遺産に登録されている。それだけでも十分であるが、その他にも世界中の観光客をひきつけてやまないものが色々ある。

自由時間 (61) 2018年6月号

 ウィーンから西へ汽車で1時間半のところに、オーストリア第三の都市リンツ(人口20万人)がある。リンツでローカル線に乗り換えて、東へ20分戻ると、マウトハウゼン駅に着く。田舎の小さな駅だ。駅からドナウ川沿いに4㌔ほど遡った丘の上に、マウトハウゼン記念館がある。ナチスのマウトハウゼン強制収容所の跡である。

自由時間 (60) 2018年5月号

3月末から4月上旬にオーストリア・ハンガリーを旅した。名所旧跡や世界遺産を観て感動する。それはそれで意味のあることだが、それだけではなく、世界には多様な文化・風俗があること、世界にはいろいろな価値観を持つ人がいることを、身を持って体験する。そうしてわが内なる世界が広がる。

自由時間 (59) 2018年4月号

チッソは、1907年(明治40年)に水俣で操業を開始した。メチル水銀化合物を排出するアセトアルデヒド・合成酢酸設備の稼働を開始したのは32年、このときから排水を処理することなく水俣湾へ流す。不知火海の汚染が始まる。40年代から、周辺の住民の間で原因不明の奇病が発生し、50年代には、魚の浮上、猫の狂死、海鳥やカラスの落下などの現象が観察されるようになる。

自由時間 (58) 2018年3月号

1591年3月3日(天正19年閏1月8日)、伊東マンショら天正遣欧少年使節一行は、聚楽第で秀吉に謁見し、楽器を鳴らして西洋音楽を聞かせた。伴天連追放令が出ていたので、インド副王の使節という形にして訪問したのであるが、その正使は、遣欧少年使節の発案者であるイエズス会東インド管区の巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノその人であった。その通訳として随行したのはルイス・フロイスでる。

自由時間 (57) 2018年2月号

2008年のこと、イタリア北部の個人宅から東洋人と思しき男性の肖像画が発見された。縦五十三センチ、横四十三センチの油彩画で、茶色の上着、黒い帽子、白いフリルという十六世紀後半のスペイン風の衣装を身に付け、薄く口ひげを蓄え、やや斜視気味の目が静かにこちらを見ている。絵の裏には、「ドン・マンショ日向国王の孫/甥 豊後国王フランチェスコ(大友宗麟)より教皇聖下への大使 一五八五」という記述があった。この記述から、肖像画の主は、天正遣欧少年使節の主席正使・伊東マンショであると確認された。

自由時間 (56) 2018年1月号

去る12月7日、ストックホルムのスウェーデン・アカデミーでカズオ・イシグロ氏が、「私の二十世紀の夕べ─そしていくつかのささやかな発見」と題するノーベル文学賞受賞記念講演を行った。  五十分の講演の全文をここに掲載することはもちろんできないので、終章を訳出する。  

自由時間 (55) 2017年12月号

今回は、森鷗外の日露戦争従軍詩歌集である『うた日記』について書く。  森林太郎は、日露戦争(1904~5)のとき、陸軍第二軍兵站部軍医部長として出征した。1904年(明治37)4月、広島市の宇品港を出発し、帰国したのは翌々年の1月であった。その間、折に触れて詩・歌・俳句を作る。それをまとめたものが『うた日記』である。

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