自由時間 (89)   恐竜絶滅                山﨑赤秋

 10月6日、世界有数のオークションハウスであるクリスティーズNYで行われたライブ・オークションに珍しいものが出品された。4、50点のピカソやセザンヌの近代絵画や現代絵画が競り落とされたあと、最後に恐竜ティラノサウルスの全身骨格標本が登場してきたのである。高さ4㍍、長さ11・3㍍。1987年に米サウスダコタ州で発見されたものだ。
 予想落札価格は、600万㌦~800万㌦であったが、300万㌦から始まった競りは、20分後には予想をはるかに上回る3180万㌦(33億円)で落札された。落札者の名前は明らかになっていない。(ひょっとしてサウジアラビアのムハンマド皇太子かも。彼には、3年前、レオナルド・ダ・ヴィンチの〈救世主(サルヴァトール・ムンディ)〉を508億円という美術史上最高値で落札した前歴がある。その時も匿名だった)
 ティラノサウルスは6800万年前~6600万年前に、つまり恐竜が絶滅する直前に、北米大陸を跋扈していた最強の肉食恐竜だ。最初に恐竜が現れたのは2億2000万年前のことであるが、1億5000万年くらいをかけて進化してきて、食物連鎖の頂点に立ったのがティラノサウルスである。
 その恐竜が、6600万年前に突然滅んだ。なぜ滅んだのか。何しろ、昔々の大昔のことで、地層や化石を調べるしかないから、なかなか確かなことはわからない。それこそ諸説紛々であるが、現在一番有力なのは、隕石落下説である。
 6600万年前のことである。直径10㌔を超える巨大隕石が地球に落ちてきた。その爆発力はすさまじいもので広島型原爆の10億個分に相当するという。想像の域を超えている。
 衝突により、周囲は一瞬のうちに高熱にさらされ、焼き尽くされた。熱風がとてつもない速さで広がっていった。岩石が溶岩のように溶け、雨のように降り注いだ。巨大地震が起き、巨大津波が押し寄せてきた。これだけでも多くの生物が死んだだろうが、それだけにとどまらなかった。大気中に撒き散らされた塵が太陽光線を遮り、地球の温度が急速に低下して氷河期のような状態になった。その後、塵が収まり日照が回復すると、今度は大量に放出された温室効果ガスの影響で猛烈な温暖化に見舞われた。長きにわたるこうした環境の激変により、恐竜をはじめ地球上の85%の生物が絶滅したという説である。
 隕石落下説は、1980年に米のアルバレズ親子が提唱したものである。息子のウォルター・アルバレズは地質学者であるが、父親のルイス・アルバレズはノーベル物理学賞を受賞した著名な物理学者である。父ルイスは、好奇心が旺盛で、専門外のことにも積極的に首を突っ込んだ。例えば、エジプトのピラミッドの透視や、ジョン・F・ケネディ暗殺事件についての分析などを行っている。
 子ウォルターがイタリアで地質調査をしていた時のことである。ちょうど恐竜やほかの生物が絶滅したころの地層に、得体の知れない不思議な粘土の薄い層があるのを見つけた。これは何だろう。その話を父ルイスにすると、父は大いに興味を示し、同僚の核化学者の協力を仰いで、その粘土を分析してみようということになった。
 分析すると、粘土層から極めて高い濃度のイリジウムを検出した。イリジウムという元素は、地球の地下深くにあるマントルには多く含まれるが、地表ではほとんど見られない。しかし、隕石にはマントルの500倍以上の高い濃度で含まれている。従って、地表に高い濃度のイリジウムがあれば、それは巨大な隕石の落下によってもたらされたものに違いないという推論が成り立つ。それが、恐竜をはじめとする生物の大量絶滅をもたらしたという仮説を発表したのである。
 この説が発表されると、多くの人は「そんな荒唐無稽な」と思った。侃々諤々の議論が巻き起こった。
 1990年、論文発表から10年後、それを証明する発見があった。父ルイスは残念ながら2年前に亡くなっていたが、メキシコのユカタン半島で巨大隕石の落下によりできた巨大なクレーターの跡が見つかったのである。直径150㌔、深さ30㌔。その後、巨大隕石の落下による環境の激変についてもシミュレーションの精度が上がり、生物の大量絶滅をもたらす可能性が高いことがわかってきた。かくして、今では隕石落下説が多数説となっている。
 ここでちょっと父ルイスにまつわる挿話を。
 戦時中のことである。若き優秀な物理学者であったルイスは、マンハッタン計画(原爆開発計画)に参加していた。広島に原爆を投下したのはエノラ・ゲイ号であるが、それに前後して、気象観測機、科学観測機、写真撮影機が同行した。ルイスは科学観測機に搭乗し、原爆の威力を観察・記録する役割を担った。長崎には行っていないが、観測のために投下するラジオゾンデに、カリフォルニア大学の放射線研究所で同僚であった東京帝大・嵯峨根遼吉教授あてに、原爆の威力をよく理解する嵯峨根から日本政府に降伏の働きかけをするように勧める手紙を書いて同封した。(届いたのは9月)
 今まで、75%以上の種が滅ぶ大量絶滅が5回起きている。上の6600万年前が最新である。現在、第六次大量絶滅が進行中だ。原因は、隕石でもなく火山でもなく、他ならぬ人間の文明そのもの。