韓の俳諧 (69)                           文学博士 本郷民男
─ 亞浪の第二回旅行③─

 臼田亞浪と石原沙人は1935年9月19日の朝を、今の北朝鮮東北部の朱乙(チュウル)温泉で迎えました。亞浪は渓流の音で眠れないと睡眠薬を飲み、起き抜けに温泉で一浴しました。この日は自動車で羅津(ナ ジン)へと北上しました。羅津は奥深い湾になっていて、外側に大草島(テ チョド)・内側には小草島(ソ チョド)があって天然の防波堤になっています。埠頭さえ作れば港になるので、3年前から築港工事をしていました。建設事務所に沙人の知り合いがいたので、案内してもらいました。
 ケーソン工場が亞浪の印象に残りました。ケーソン(caisson)は水中に設置するコンクリートの巨大な箱です。当時のお金で100万円のケーソンを100個も並べる、埠頭の規模の大きさに亞浪は驚きました。

コスモスのセメントまみれ海晴れて
ケーソンのどしりと据る秋の晴 沙人
建ちゆくものの響き響きの秋天へ
埋め立てられて眞菰は枯葉見せてゐる
島二つ秋潮と眠りてひろき

 午後3時に再び自動車に乗って北上して、4時に雄 基(ウ ン ギ)に着いて投宿しました。荷物を置いて丘に登って小さな港町の眺望を楽しみました。沙人は亞浪から「あれ地野菊」を教わりました。
 19日の夜と20日の朝は、作句や「石楠」への通信文の執筆に充てました。といっても、亞浪は朝から紅茶にウイスキーを入れて、「さあこれから句を作る」というありさまでした。そのウイスキーは沙人があちこちに電話してようやく手配しました。
 午後2時半に雄基発の列車で北西の国境へ向かいました。内陸へ向かうのですが最初は湿地帯で、ソビエト国境に近い所です。晩 浦(マ ン ポ)という湖では、たくさんの鴨がいました。ずっと後の2018年にラムサール条約へ登録された水鳥の楽園です。
汽車におどろく鴨におどろく旅人われ
鴨あるは飛んで秋日にきらめきつ 沙人
 やがて国境の大河圖們江(トゥメンチャン)の南岸を走りました。韓国では豆満江(トゥマンガン)と呼び、500キロほどの長さがあります。
濁り押す江畔柳散り初めつ
北つ國と思ふ稗の穂揃ひたる 沙人
 国境の町南陽から長い鉄橋を渡り、旧満洲国の圖們駅で、盛大な出迎えを受けて旅館に入りました。