「晴耕集・雨読集」1月号 感想 柚口満
山水を満たす木桶や新豆腐生江通子
美味しそうな新豆腐が描かれている。上村占魚の句に「新豆腐といふふれこみに買はさるる」という一句あるが、ましてや掲出句のような設定が整えばなおさらのことである。
山から引いた清冽な水が満々と湛えられた木桶に収穫されたばかりの大豆で作られた豆腐が沈み、それを掬っての冷ややっこ、これこそよくぞ日本に生まれけりの感激ものである。
冬の雷一瞬蝦夷のむらさきに畑中とほる
作者の住む下北半島の何れかから蝦夷を望んで作られた一句と想像する。先年私たちが吟行でお世話になった尻屋崎当たりかもしれない。
この句は冬の雷の一瞬を詠んだもの。冬の雷はそんなに長くは続かないが、その一撃と閃光は厳しいものがある。その刹那に浮かび上がった対岸の蝦夷の地の神秘性が余すところなく詠み込まれた一句である。
椋鳥の群れひるがへる時銀色に池野よしえ
椋鳥の群れが夕方に大挙して塒の木々に帰ってくる光景を近くでよく見かける。都会では騒音や糞公害として問題になるが、この句はその大群の飛翔の様の動きをむしろ美的感覚として捉えている。
何千もの椋鳥の群れは集合体となり、面となって右往左往に旋回する。その翻る面があるときは銀色になったと写生したことで俄然この句が引き立った。一羽では地味な椋鳥もこんな美しい集合体になる、という発見。
柘榴の実しかと部屋割されてをり倉林美保
柘榴の花は梅雨空のもとで印象的な感慨をもたらせてくれるが、この句に詠まれた実もまた俳人が好んで取り上げる素材である。
熟れた実は裂けてルビー色の種子が一杯詰まったのが見え、食べてみると独特な甘酸っぱい味がする。作者はその実が部屋割りをされたように仕切りに詰まっているのを発見、一歩踏みこんだ写生により柘榴の実の現実感、充実感が増している。
白樺を抜けきし髪の霧湿り酒井多加子白樺の丘大いなる霧動く山﨑赤秋
霧という自然現象の季語を使い白樺という舞台設定を駆使した俳句を偶然二句見つけ出した。
多加子さんの句はどちらかというと心象に訴えるものといえようか。主人公は女の人が想像され白樺林を抜けてきた髪は霧でじっとりと湿っていた、という。詳しい事情を吐露しないところが眼目である。
赤秋さんの句は壮大な白樺林の丘を、まるで生き物のように蛇行する霧の動きを詠む。白の濃淡の大自然を壮大に描いた自然詠の一句。
丈直し夫の老い知る夜なべかな阿部美和子
自分に置き換えても妙に納得のゆく実感のこもった一句である。人間年をとると背が縮むといわれるが本当である。私もズボンの裾が靴に微妙に触れすぎる実感を経験している。
この作者は夜なべに洋服のどこかの丈直しをしながら夫の老いをしみじみと感じられたのであろう。もちろんひと針、ひと針に感謝の念をこめながら。
障子貼つて心に張りの戻り来し鏡原敏江
障子を貼るという習俗も最近では少なくなりつつあるようだが、かっては何処のうちにも障子の部屋はあったものだ。現在は障子の幅に合わせた障子紙があり、糊も付いていていたって便利になってきた。
この句はその障子を貼ったあとの思いを述懐する。貼り終わった心には何か張りのようなものが生まれた、というのだ。よほど思い通りにきれいに仕上がったのであろう。
降る落葉縄文人のごとく踏む高橋浩平
難解といえば難解、興味津々といえば興味津々な俳句である。そのわけは中七から下五にかかる「縄文人のごとく踏む」にある。
さてさて、山中の降り積もる落葉を縄文の人たちはどんなふうに踏んで歩いたのだろう、と思わせたところがこの句の眼目だ。裸足の巨大な足裏で音もたてずに踏んだのかドスンドスンと音を立てて踏んだのか、いずれにしても興味はつきない。
初恋の話も秋の同窓会和田洋子
我々の年になると同窓会の数もまた参加者も年々減ってくるが若き頃の思い出話に花を咲かせるのは楽しいものだ。この作者にも気候の良い秋にお気に入りの同窓会がありお互いが初恋の昔話で盛り上がった、という。同時に出されている「九十一の恩師とデュエット秋うらら」も同じ舞台であろう。
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