「晴耕集・雨読集」5月号 感想      柚口満

 鳥海山の水噴く浜辺今朝の春阿部月山子 

   大景を詠んだ雄渾な一句。その昔、奥の細道の芭蕉の足跡を偲んで秋田の蚶満寺や象潟を旅したことがあった。鳥海山の雄姿を望みながら象潟海岸で遊んだが、この句の舞台はその辺だろうかと見当をつけた。
 鳥海山の水噴くとは、この山の伏流水が地下から浜辺に湧き出ているということ、こんこんと噴き出す清き水に作者は確かな立春を感じたのである。

日溜りに陣取る如く雪間草山城やえ 

   雪間草(ゆきまぐさ)は特に決まった草花をさす名称ではない。雪解けの大地の隙間に芽を出す様々な植物のことをいい、そこには長い冬から解放された万物の喜びが迸るように感じられる。
 この句の眼目はその雪間草が雪の間の黒土にまるで陣をとるように芽を出したと詠んだところ。これらの草々はお互いの陣地を守りながら日の光を吸収、成長してゆくのである。

春めくや朱鷺くちばしを触れ合はす山坂妙子

 佐渡の朱鷺は野生下で順調に育っている。今年の4月初めの調べでもその個体数は400羽を超えたらしい。最近では観光客にも朱鷺がよく見える場所を設置するなど、その出会いに工夫をこらしているそうだ。
 冬の季節が終わりを告げる頃、ペアの朱鷺の動きは活発になり、親しく嘴を交わすことも多くなる。朱鷺の動きに比例して春間近の佐渡の周辺は俄に活気づく。

小千鳥の風に分かれてまた寄りぬ沖山志朴 

   千鳥の一句。千鳥は種類が多く日本では10種類以上が見られるという。体は小ぶりで短い嘴と長い脚が特徴である。また足の指が3本であることから砂の上の独特な足跡を覚えておられる方もいるだろう。
 さて掲句の小千鳥は川原に群れているところよく見かけるが、この句も飛んでいるのでなく地上の動きを捉えたものかもしれない。中七から下五にかけての離合集散の表現がいかにも的確で、可憐な鳴き声とあいまって小千鳥の哀歓までが感じられた一句であった。

鳥の恋はじまり空をかがやかす実川 恵子

 春から初夏にかけては鳥の恋の季節である。街中では恋雀のもつれ合う姿を見かけるが、その他に求愛の囀りの声も木々の中に高まりをみせる。
   八ヶ岳山麓に山荘を持つ作者、この句もそうした自然の恩恵があふれる処で作られたものと想像している。日々入れ替わり立ち替わりやってくる鳥たちは愛の賛歌を惜しみなく歌い上げ、澄み切った青空を輝かしたと詠む。これ以上の明るさはない。

足を這ふ風まだかたき梅見かな小林博

 梅園の梅見を詠んでいるが、句で表現したかったのは、本格的な春にはほど遠い早春に吹く風の有り様であった。その風は、頭の上にも、顔の辺りにも吹いているわけであるが、あえて足元の辺りを這う風と特定したことで実感が増す結果となった。自分の足首に触れる風はまだまだ硬いと判断したというのだ。この感性は梅の咲き具合まで想起させる。うまい句作りだ。

一人づつ抜けてひとりの春炬燵浅野文男

 春炬燵の存在感を面白く一句に仕立てあげている。無用の長物とまではいわないが、春になっても仕舞われぬ炬燵には一種の情趣があるものだ。
 春の午前中、一家で入っていた炬燵であったが、日が高くなるにつれ1人抜け、2人抜けてしまいには自分だけになったとこの句は述べる。でも、それを咎める人もなくそれからが我が世の春を満喫する時間となる。至福の刻の独り占め。

帰る場所たしかにありて鳥帰る大溝妙子

 秋から初冬にかけて日本に渡ってきていた雁や鴨などは春になると北方の繁殖地へ帰ってゆく。私たちはその光景をぼんやり眺めるが、掲句にあるようにその鳥たちには帰る場所が確かにある。そしてその場所を寸分違えず帰る帰巣本能の不思議さを思わずにはいられない。

耕して日向の匂ひ持ち帰る後藤紀美子

 田畑の土を耕すのは春耕もあり秋耕、冬耕もあるが、やはり日の光、日の匂いを格別に意識するのは春のそれではないだろうか。長い冬が去り春が来ると耕しの効率も自ずと上がる。「日向の匂ひ持ち帰る」に今日一日を有効に使って働いた充実感が見えてくる。

大波を横目にしかと海苔採女本間みつえ

 この句は浅草海苔のような養殖の海苔でなく、浅瀬の岩礁に着いている海苔を搔いている光景だろう。
海苔採女は寄せては返す大波の隙間を選び海苔を搔く。横目で波の動きを追い横目で海苔の在りかを探す。足場の悪いなかの危険な仕事に緊張感が走る。