コラム「はいかい漫遊漫歩」 松谷富彦
(58)俳人、平岡青城(三島由紀夫)の俳句
〈 アキノヨニ スズムシナクヨ リンリンリン 〉 平岡青城(あおじろ)こと平岡公威、ペンネーム三島由紀夫が六歳で初めて詠んだ俳句である。〈 冬蜘蛛が糸にからまる受難かな 〉の初句を八歳で詠んだランドセル俳人、小林凜君より二歳早い作句だ。
公威を溺愛した父方の祖母、夏子の手ほどきで総仮名書きの可愛らしい第1号俳句をひねったときは、もちろん俳号はまだない。昭和6年(1931)4月、学習院初等科に入学するが、1月の早生まれの公威は、小柄で靑瓢箪の虚弱児童だった。付いた綽名は「アオジロ(青白)」。しかし、学科の成績は抜群、早くも1、2年ころから初等科校内誌『小ざくら』に詩や俳句を次々に発表。
昭和12年、中等科に進むと、文芸部に入り、7月には随筆『春草抄―初等科時代の思ひ出』を学習院校内誌『輔仁会雑誌』に投稿、一躍学内の注目を集めた。
昭和15年には、母方の祖父の友人である詩人、川路柳虹に師事、俳句誌『山梔』に俳句と詩の投稿を1年半ほど熱心に続ける。このときから綽名をもじって平岡青城の俳号を名乗り、小説『潮騒』を発表する昭和29年ころまで俳句を詠んでいた。
『三島由紀夫全集㉟ 補遺(小説・戯曲・評論)、雑纂、俳句短歌』(新潮社刊 1976年版)所収の俳句から7句を紹介する。憂国忌( 三島忌)は、11月25日。
秋風や病める子夕陽指さして 平岡青城
月は褪せ春の夜著きパセリかな 同
敗荷に秋の陽粉のごとくなり 同
チューリップその赤その黄みな勁し 同
洋装の祖母の写真や庭躑躅 同
蛍あまた庭に放ちて舞蹈会 同
秋灯よのつねならぬ枕邊に 同
黒板をねんごろに消し憂国忌 柏原眠雨
三島忌や腐りやすきに國も亦 高橋睦郎
(59)だんこん俳句考
男根を句材にした俳句を“ばれ句”視する向きもあるが、人類継承、排泄の重要器官であり、多くの俳人が俳句に取り上げ、詠んできた所以だろう。
97歳になる文化功労者、金子兜太さんが7年前、句集「日常」に至る長年の業績で第51回毎日芸術賞特別賞を受賞、その贈呈式(2010年1月26日)でのあいさつを朝日新聞記事から引く。
〈 「授賞の講評にある句『男根は落鮎のごと垂れにけり』は、自分のことを書いたのであります」と金子さん。…「落鮎という言葉を使うのには多少の苦労がありました。秩父には里人の言葉として、男性のものを表すのに4通りの言い方があります。老年期が非常にユニークで『ぎゅうない』というんですね。私の考えでは、ぎゅうっと握ったら無くなっちゃうということだと」会場は大笑い。金子さんの話は止まらない。「でも、句でぎゅうないにしなかったのは、私のにはまだ落鮎程度の実体感がある、と。そのことを申し添えたい」〉
俳句誌『俳句界』編集長の林誠司さんが、ブログ「俳句オデッセイ」で披露しているエピソード。〈 …兜太がまだ壮年の頃、師である加藤楸邨へ年賀状を送った。年賀状を読んだ楸邨は驚いた。そこには新年の挨拶があり、その脇に「男根隆々たり」という言葉が一筆添えられていたのである。…それは兜太にとって若さと雄心、そして俳句へ通じるエネルギーの象徴だったのではないか。楸邨もその雄心を愛した。…月日は過ぎ、晩年を迎えた楸邨は兜太へ次の一句を送った。
初日粛然今も男根りうりうか
…(句意は)今も君は猛々しい雄心を持っているか、…兜太に、いまもそうであって欲しい、と願ったのではないだろうか。…詠う素材はユニークだが、それゆえ私はこの一句を美しいと思う。〉
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