俳句縦遊 (2)  全句集                 石井隆司

皆川盤水先生は、「雪」と「桜」と動物が大好きだったのだろうか。 『皆川盤水全句集』(平28)の〈季語索引〉を繙くと、「雪」の句が三十六句あり、関連季語も含めると、おそらく先生のなかで一番多い句は「雪の句」ということになる。

 次に「桜」の句も多く、十四句収録。「花」の句も十二句あり、これに、初桜・初花・花筏・花曇・花衣・花の雨・花冷えなどの関連句を加えると相当の数になる。しかも、初学のころから晩年まで常に詠み続け、齢を重ねるごとに桜関連の句が増えている。

 また動物のうち、「蝶」と「鴉」を好んで俳句にしている。とくに「蝶」は大好きな句材だったようで、夏に限らず春・秋・冬と年間を通して作り続けている。さらに鳥も好きだったようで、鴉のほかに鴨・海猫・色鳥・鶯・雁・寒雀・雉・燕・雲雀など、多くの鳥を詠んだ作品を遺している。とくに「鶺鴒」(六句)、「鶲」(七句)、「頬白」(七句)などは、現代俳人でも作句数は少なく、突出していると思われる。
 最晩年に詠んだ桜の句を掲げる。 
初花をはやきてこぼす朝鴉盤水  
初花や弥陀堂まはり箒の目

 ともに平成22年作。前句は、いみじくも「花」と「鴉」という大好きな句材の入った豪華な(?)一句。この年の桜が、先生が見た最後の桜になった。最晩年にこうした境地の句を遺すことができて、先生の俳句人生は幸せだったろうと思う。
 全句集を読むと、いつも必ず新しい発見があり、そのたびに作者が身近な存在となってゆく。

 私はこれまで数百冊の句集制作にかかわってきたが、全句集は数えるほどしか作っていない。思いつくまま挙げてみると、上田五千石、飯島晴子、林田紀音夫、鷲谷七菜子、沢木欣一、細見綾子、皆川盤水、小川濤美子、今井杏太郎などで、単行句集の数に比べると極端に少ない。

 全句集は、ほとんどの場合、著者の没後に刊行されるため、師の作句信条や句会指導等に知悉した有能な同人や弟子がいなければ、刊行は日の目を見ない。
 そして、当然のことながら、これが一番大事なことになるが、作品が良くないと全句集は刊行できないのである。
 つまり、全句集刊行の必須条件とは(制作費用の問題を除けば)、
①作品が良いこと、
②刊行に尽力できる有能な人がいること、ということになる。

 このような過程を経て、『皆川盤水全句集』も完成した。この点でも、盤水先生は幸せな俳人であったといえる。
 全句集を読み通しながら、先生から雪や桜や鳥の話をもっと聞いておけばよかったと思う。
 全句集があることで分かったことを、全句集ゆえに故人には伝えることができない。そのことに気がついて、少し哀しくなるときがある
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