俳句縦遊 (4)  青葉潮                 石井隆司

 山本健吉『昭和俳句』(昭和33年、角川新書)に、次のような1節がある。
 「〈青葉潮〉などという美しい季語が、歳時記に漏れているばかりに俳人が句に詠まないことを、残念なことと思っている」(「歳時記は俳句の憲法か」)
 初出は、昭和30年3月10日付の東京新聞。この記述から、当時の歳時記には「青葉潮」がないことが分かる。
 では、いつから歳時記に入るようになったのだろう。角川書店刊行の歳時記で、その変遷を見てみることにしよう。
 文庫判の大きさで、昭和31年に刊行された『合本俳句歳時記』(これが初版にあたる)には、当然だが立項がない。次の昭和49年刊の『合本俳句歳時記新版』(これが第2版)に、「夏の潮」の傍題として「青葉潮」が入っている。しかし、青葉潮の解説も例句もない。

 一方で、『図説 俳句大歳時記』(昭和39年)には、本項目として立項されており、丁寧な解説が施されてある。しかし、「青葉潮」の例句はない。
 こうして見ると、「青葉潮」が角川書店の歳時記に初めて入ったのは、昭和39年ということになる。 
 健吉氏は、ほかのエッセイでも、この「青葉潮」について言及しており、昭和40年刊の『ことばの歳時記』(文藝春秋、現在は角川ソフィア文庫)というエッセイ集にも、「海洋学者の宇田道隆氏の書いたものを読んでいて、青山潮とか青葉潮とかいう言葉があるのを知った。美しい言葉である」と記している。

 自らも編纂した山本健吉編『最新俳句歳時記』(文藝春秋、昭和46年)では、「青葉潮」は本項目として立項され、適切な解説と、例句1句が見える。
 健吉氏の、この執念のような強い思いは、どこからくるのだろう。
 通常、歳時記に新しい季語を収載する場合、季語としてふさわしいかの判断に加えて、その季語に適切な例句があるか、それが秀句かどうかの判断が行われる。つまり、俳句の世界で当該季語が熟しているという機運が必要なのである。
 この点についても、健吉氏は、冒頭のエッセイ(65年前の執筆ー)で、次のように記している。
 「私は歳時記は、虚子のいうように〈実作者の実作〉によってのみ変わって行くとは思わない」、言葉(季語)の意味は「歴史的な慣用の上に立って」決まるものであり、「国語学・国文学・民俗学・自然科学などの現代的成果が、広汎に取り入れられながら変わって行くのだ」と述べている。まさに卓見である。
 「青葉潮」を季語として歳時記に入れた最大の功労者は健吉氏であろう。その際、例句の有無は問題でなく、まず季語として認めることで、広く俳句に詠んでもらおうと思ったのである。
 「健筆をふるう」ということばがあるが、まさに健筆(健吉氏の筆)により「青葉潮」は季語として定着した。この尽力に応えるために、「青葉潮」の秀句を作ること。これが現代俳人の課題である。