自由時間 (75) フレンチ・シェフ日本に学ぶ 山﨑赤秋
ニューヨークの名立たる高級フレンチ・レストラン「ブーレイ(Bouley)」が、2017年7月末で惜しまれつつ休業に入った。オーナー・シェフであるデイヴィッド・ブーレイが、体に良い日本の食材を深く勉強するためである。テーマは「発酵食品」。
休業期間中、沖縄、長野、石川、北海道函館の4カ所に約1カ月間ずつ滞在し、精力的に和食の食材の製造現場を見学した。
まず訪れたのは長寿の村として有名な沖縄県大宜味村の郷土料理店「笑味(えみ)の店」。村には、100歳近くになっても畑仕事をする、元気で、明るい、お婆さんたちがいる。彼らが育てた島野菜を使った料理を出すのがこの店だ。看板料理の長寿膳にはその島野菜が満載である。ブーレイは、移動で疲れていたが、完食した。彼らの長寿の秘訣は食にあり、ということをまさに身を持って体験したのだ。
次は、那覇市首里の㈲玉那覇味噌醤油。無添加天然醸造の味噌を手作りしている。創業は安政年間。琉球王家御用達。最高級品の「王朝みそ」は自家製の厳選された米麴と丸大豆とシママース(沖縄の塩)のみを仕込み、自然の環境の中で半年間じっくりと熟成させる。独特の風味があり、体にやさしい。ブーレイは、「健康と風味との関係は同じところにある」ということを再確認する。
次は、糸満市の宇那志豆腐店。木綿豆腐とゆし豆腐(豆乳ににがりを入れただけのおぼろ状の豆腐)の専門店。木綿豆腐は、創業(1985)以来、「地釜製法」という、豆乳を釜に入れて直火で炊く製法で製造している。糖度は8%もあり、口当たりがなめらかで大豆の風味が豊か。ゆし豆腐は出来立てを醤油もかけずにそのまま食べるのがおすすめ。ブーレイは、「豆腐はなぜこんなにもシンプルなのか。私たちシェフは豆腐で何ができるのか」と自問する。
次は、名護市の㈱紅濱の豆腐餻(よう)の工場。豆腐餻とは琉球王朝時代からの高級珍味である。かための島豆腐(木綿豆腐)を2.5センチ角のサイコロ状に切り陰干しする。紅麴と黄麴を合わせ、泡盛を加えた漬け汁を作り、熟成させる。その漬け汁に豆腐を入れ、3~4カ月ほど発酵させ熟成させて作る。まさにフォアグラのような味だ。ブーレイは、これに大いにインスパイアされたようだ(1年半後、チーズを麴で熟成させた「チーズ餻」作りに成功する)。
2回目の訪問先は、沖縄県を凌ぐ長寿県になった長野県だ。
まず訪れたのは、伊那市で天然寒天を作っている㈲小笠原商店(創業1916年)。海藻の天草を、2時間煮て溶かし、一晩蒸らす。それを濾過して固めると心太になる。それを10日間ほど、自然凍結、融解、天日乾燥を繰り返せば、寒天の出来上がり。水分が抜けて重量は50分の1になる。ブーレイは、海産物が原料なのに、海から遠く離れた内陸で作られることに驚くとともに、自然そのものに何の足し算も行われていないことに力強さを感じる。
次は、木曾町の開田高原。「すんき」料理の達人の主婦の家を訪れる。「すんき」とは、木曾地方で昔から作られている伝統的な漬物。漬物といっても塩も砂糖も一切使わず、開田特産の赤蕪の葉を植物性乳酸菌で発酵させて作る酸味のある漬物。世界的にも類のない珍しいものだ。ブーレイは、免疫力を高める微生物=植物性乳酸菌の働きに注目し、どう応用できるかを考えようとする。
ブーレイが3回目の訪問先に選んだのは、和食に関して日本で最も質の高い石川県だ。
まず金沢市で行われていた味噌作り講座に生徒として参加する。講師は石黒種麴店の店主石黒八郎氏。㈲石黒種麴店は富山県南砺市にあるが、江戸時代から200年、麴を作り続けている老舗中の老舗である。今、こういう種麴店は全国でもわずか10軒余りしかない。種麴とは、発酵食品の要である麴を作るために使う麴菌の胞子のことである。ブーレイは、もちろんその種麴を持ち帰った(やがて、リンゴに麴を合わせた麴アップルを独自に作り出す)。
次に、石川県七尾市の鳥居醤油店を訪れ、生醬油作りを体験する。ブーレイは、手間暇をかけてちゃんとした醤油を次世代に伝えていかなければならないという女店主の心意気にいたく感心し、彼女のような人たちのおかげで、シェフは輝くことができる、と感想を漏らし、感謝する。
4回目の訪問先は、北海道函館。まず、昔の南茅部町に向かう。南茅部は日本一の昆布の産地で、しかもその昆布は、最高級という評価を得ている。ブーレイは、天然物と養殖物、熟成年数の違いによる色や出汁の違い、などを熱心に学ぶ。
最後の訪問先となったのは、石川町の㈲坂井商店(鮮魚店)。若い2代目から、魚の鮮度を保つ(死後硬直を防ぐ)ために有効な「神経締め」を学ぶためである。が、北海道胆振東部地震のため中断。
かくして、ブーレイにとって学ぶことの多かった日本の旅は終わった。新「ブーレイ」は、来年開店する予定だ。どういう体に良いメニューになるだろうか。
ブーレイの好きな日本料理店はというと、京都の「天ぷら 松」「吉兆 嵐山本店」「未在」、東京銀座の「寿司幸」、そして、大阪の「カハラ」などだそうだ。残念ながら庶民には手の届かない店ばかり。
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