自由時間 (88) MISHIMA 山﨑赤秋
今年は、ベートーヴェン生誕250周年に当たる。世界中のオーケストラが、その記念コンサートを開くため、2〜3年前からベートーヴェンの曲を演奏せずに今年にとっておいたのであるが、新型コロナウイルスのパンデミックのせいで、春からコンサートが開けていない。9月になっても、予定されていたコンサートのキャンセルが相次いでいる。残る3ヶ月で、果たして「ベートーヴェン生誕250周年記念コンサート」を開くことができるオーケストラはあるだろうか。
歴史に残る人物の生誕あるいは没後〇〇年を記念していろいろな催し物が行われるのは世の習いである。今年がメモリアル・イヤーとなる人物を列挙すると次のとおりである。(10年周期だと多いので50年周期とする)
ラファエロ(没後500年)、ベートーヴェン(生誕250年)、アドラー(生誕150年)、レーニン(同)、長谷川町子(生誕100年)、三船敏郎(同)、森光子(同)、阿川弘之(同)、アイザック・アシモフ(同)、フェデリコ・フェリーニ(同)、ヨハネ・パウロ二世(同)、榎本健一(没後50年)、円谷英二(同)、ジミ・ヘンドリックス(同)、三島由紀夫(同)。
この中から、今回は、三島由紀夫を採り上げる。
世を震撼させて45歳で死ぬまで、天才作家の名をほしいままにした三島。三島より3歳年上で親交の深かったドナルド・キーンによると、彼の周りで天才と呼ぶにふさわしい人は、三島と『源氏物語』を英訳したアーサー・ウェイリーくらいだそうだ。例えば、三島の手書き原稿は書き損じがなく、まるでモーツァルトの楽譜のように美しかった。また、NYで『近代能楽集』のうち三作を上演するという企画が持ち上がったとき、その三作を一つの芝居にできないか、というプロデューサーからの無理難題を、三島はいとも簡単にやり遂げた。(スポンサーが集まらず結局流れたが)
三島は、余程ノーベル賞が欲しかったらしい。『ドナルド・キーンの東京下町日記』によると、三島が新聞社からの依頼で東京五輪の重量挙を観戦したあと、「重量挙のスリルなどは、どんなスリラー劇もかなはない」とNYにいたキーンに書いてよこし、「文学にもかういふ明快なものがほしい、と切に思ひました。たとえば、僕は自分では、Aなる作家は2位、Bなる作家は3位、僕は1位と思つてゐても、世間は必ずしもさう思つてくれない」と続けていたそうだ。
キーンは、「既に国内外で作品は知られ、三島は海外で最も有名な日本人だった。だが、その証しが欲しかった。最高の栄誉、ノーベル文学賞が欲しいのだと私は直感した」そうだ。
また、「三島は自分の作品が多く翻訳されれば賞に近づくと信じていたようで、私にしばしば自著の翻訳を依頼した。私が安部公房の作品を先に英訳したときなどは「僕の小説を先に翻訳する倫理的な義務がある」とまで不快感を伝えてきた」そうだ。
川端康成がノーベル文学賞を受賞したのは1968年のことである。候補には、川端と三島そして西脇順三郎の名前が挙がっていた。三島については「今後も引き続き、考慮に入れていく」と選考委員会は記している。川端の受賞で、次の日本人受賞まで10年あるいは20年も待たなければならない、と三島は落胆したのだろうか。2年後、三島事件を起こして自決。その2年後、川端自殺。大岡昇平は、「川端さんはノーベル賞を貰っていなければ死なずに済んだ。三島君はノーベル賞を貰っていれば死なずに済んだ」と述べている。
ところで、《Mishima: A Life In Four Chapters》という、欧米では1985年に公開された日米合作映画がある。三島由紀夫の三つの小説『金閣寺』『鏡子の家』『奔馬(『豊饒の海』第二巻)』のダイジェスト版ドラマのそれぞれと、三島事件当日の三島の起床から自決までを追ったドキュメンタリー風の映像『1975年11月25日』と、幼少期から「楯の会」結成の頃までを白黒画像で描いた『回想』とが交互に登場する絶妙な構成のよくできた映画である。カンヌ国際映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞したほどである。(興行的には散々であったが)
日本でも『MISHIMA ― 11月25日・快晴』の題で公開を予定していたが、右翼団体が抗議しているという噂に映画配給会社が怯えて劇場公開されなかった(という話になっている)。日本では今でもDVD化もされていない「幻の作品」である。(小生はフランス版のDVDで観た)
製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス、監督:ポール・シュレイダー、美術:石岡瑛子という豪華製作陣。配役陣も豪華で、主役の三島由紀夫役は緒形拳、大谷直子(三島の母)加藤治子(三島の祖母)、ドラマ部分の『金閣寺』には坂東八十助(三津五郎)、佐藤浩市、萬田久子、笠智衆、『鏡子の家』には沢田研二、左幸子、烏丸せつこ、李麗仙、『奔馬』には永島敏行、池部良、勝野洋、根上淳が出演している。台詞はすべて日本語で、撮影は東宝撮影所で行われた。
新聞に掲載された写真で衝撃を受けることはめったにないが、三島事件の現場写真には衝撃を受けた。三島と森田某の生首が左下に写っていたからである。次に衝撃を受けたのは、宮沢りえのヌード写真集『SantaFe』の全面広告であろうか。
- 2024年10月●通巻543号
- 2024年9月●通巻542号
- 2024年8月●通巻541号
- 2024年7月●通巻540号
- 2024年6月●通巻539号
- 2024年5月●通巻538号
- 2024年4月●通巻537号
- 2024年3月●通巻536号
- 2024年2月●通巻535号
- 2024年1月●通巻534号
- 2023年12月●通巻533号
- 2023年11月●通巻532号
- 2023年10月●通巻531号
- 2023年9月●通巻530号
- 2023年8月●通巻529号
- 2023年7月●通巻528号
- 2023年6月●通巻527号
- 2023年5月●通巻526号
- 2023年4月●通巻525号
- 2023年3月●通巻524号
- 2023年2月●通巻523号
- 2023年1月●通巻522号
- 2022年12月●通巻521号
- 2022年11月●通巻520号