鑑賞「現代の俳句」(111) 蟇目良雨
緘黙の口一文字山椒魚 鈴木貞雄[若葉]
「俳句」2017年6月号
渓谷の番人のように渓流の奥深いところにいるのが山椒魚である。半分に裂かれても蘇生するところから「はんざき」とも言われている。皮膚から山椒の匂いがするらしい。大きなものは天然記念物になっているので触れる機会は少ない、この古代から生きていそうな山椒魚の特徴は小さな目と大きな口である。真一文字に結ばれた口が幾星霜を生き抜いてきた山椒魚の意地を見せている。緘黙の口と表現したことにより山椒魚に一人格を与えることが出来たと言えよう。
遠くなる老いのまなざし螢籠 大牧 広[港]
「俳句」2017年6月号
自然の破壊が進んだ結果としか言いようがないと思うが、私たちが幼児のころ当たり前に見たり手にしたりしたことが、今では出来なくなっている。螢もその一例だろう。幼時に町なかにあった用水池の関口は時期が来ると螢の乱舞するところであった。笹竹に止まった螢を螢籠に入れて家に持ち帰り、蚊帳の中に放って眠りについた。朝になって骸となった螢を可哀そうとも思わなかったのは幼かったからであろう。遠くなる老いのまなざしの先にあるものは記憶のみになってしまった。
肩を打つひとかたまりの夏おちば 中坪達哉[辛夷]
「辛夷」2017年6月号
冬の落葉は落ちるべくして落ちるので引っ切り無しにはらはらと落ちつづける。風が強ければいちどきに沢山落ちることはあるにしてもどこかから固まって落ちることはないだろう。従って掲句のひとかたまりになって落ちて来るのは夏落葉の特徴と言える。結界を逍遥でもしているのであろうか、ばさばさとかたまって肩を打つ落葉に驚いた作者の姿が思い浮かぶ。ものをしっかりと見ているので揺らぎが無い。
全くのひとりぼつちや金魚玉 三田きえ子[萌]
「萌」2017年7月号
金魚玉は小さな器である。金魚屋で買った金魚を持ち帰るとき運搬具として使われ、家に帰ってからはそのまま吊るされたり置かれたりするが、やがて金魚が大きな金魚鉢に移されたり池に移されたりすると用済みになる。金魚を一尾入れて軒下に吊ると見た目にも涼し気であるが手入を怠ることはできない。掲句は友人の誰かが金魚玉を持ち込んでくれたのだろうか、しばらくは金魚玉を話題にして楽しい時を過ごしたのであるが、その友人が帰った後では却って孤独感が募る。一尾の金魚、一人の自分。愚痴は金魚玉にこぼすしかない。
しやがの花層塔なべて奇数積み 浅井民子[帆]
「帆」2017年7月号
著莪の花は寺社の薄暗いところに咲くことが多い。境内の塔を見上げてその作りに感心すること頻りであったが、ふと塔の重なりに偶数は無いということに気が付いたというのが句意。言われてみればその通りで三重塔、五重塔、七重塔、九重塔、十三重塔が数えられる。何でも句にしてやろうという作者の好奇心に感心。
結ひと言ふ昔ありけり田植歌 朝妻 力[雲の峰]
「雲の峰」2017年7月号
農村の扶助システムに「結」という仕組みがあった。人手を要するときに助け合うことである。田植、稲刈の時期によその村から助っ人が来る。また、屋根替えの時もそうであった。相手が必要な時はこちらから助けに行く。こうして何百年も結の仕組みが続いてきたのであった。新潟の米どころに生れた作者にとっても結は思い出深いものだったのだろう。田植歌がどこからか聞こえてくると結の連中が大挙して村に押し寄せて来て賑やかになった昔のことが思い出されるのである。今では農家がそれぞれ田植機 、刈取機(コンバイン)を所有していて結の制度は無くなった。
小石抱き羽上げ下げの豹紋蝶 岡田日郎[山火]
「俳壇」2017年7月号
奥武蔵・多峯主山(と うのすやま)と前書きのある句。橙色の羽に豹柄の紋様のある蝶が豹紋蝶で山野の中でも目立つ蝶だ。作品は、豹紋蝶が小石を抱いて羽を上げ下げしているとしか表現していない。この突き放した表現から、読者は、小石を抱いて休んでいるのかしらとか、静かに羽を上げ下げしているのかしらなど自分の経験に基づいて想像することが出来る。眼前には美しい豹紋蝶がありありと見える。写生に徹するとこうした句作りになる。
蠟塗りて簾戸の滑りも今宵から 榎本好宏[航・件]
「俳壇」2017年7月号
一昔まえのなつかしさに溢れる句。衣装の更衣と同時に、家も夏に備えて模様替えを行う。それが襖を外して簾戸(すど)や葭戸をいれること。こうすることによって風通しがよくなり夏座敷に変化したことを実感する。半年間使っていなかったので敷居の上の滑りがよろしくないから敷居に蠟を塗って滑りをよくした。浮き浮きした気分が下五の「今宵から」に籠められている。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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