鑑賞「現代の俳句」(117) 蟇目良雨
肩すべるころもも後の更衣福島せいぎ[なると・万象]
「万象」2018年1月号
更衣は中国の王朝のしきたりがそのまま平安時代に日本に持ち込まれた。天皇の衣替えを専ら担当する役が更衣で「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。」と源氏物語は始まる。現代では後の更衣は一般人の間では行われないが、掲句の作者は真言宗のお坊さんであるので今でも時期になると冬支度となる後の更衣を行う。「肩を滑る衣」が具体的に何か言われていないが袈裟のようなものであろうか。この句は袈裟と断定しないで「肩をすべる衣」とは何であるのだろうかと読者を想像させて愉しませているところに味があると思う。
湯のあとはゆるやかに着て居待月小林愛子[万象]
十五夜、十六夜、立待月そして居待月。陰暦の十八日目の月が居待月。暮れてからしばらくして昇る月であるから、作者は月を愛でる前にゆっくりと湯を使って身に付けた着物もゆるやかに身に纏ったのだ。
私の幼少のときは木造家屋で平屋か高くても二階建てのものが多く空だけは広々と私有することが出来た。家の縁側に足を垂らして月見をしたことは、今考えればなんと贅沢な時間を過ごしたのだろうと思わざるを得ない。掲句の作者も同じようなことを考えていることだろう。
夜業の灯消えてまた点く二つ点く森岡正作[出航・沖]
「出航」2017年12月号
「母さんがよなべをして手袋編んでくれた」童謡の中にある夜なべは家庭内や自営業の人のこと。夜業となると工場や会社などの中の夜遅くまでの仕事である。
掲句は会社のビルの窓の灯りを見てのもので、一旦消えた夜業の灯が再び点いたときは二つに増えていたことを詠ったものと思われる。一つで足りていた夜業の灯が二つでなくては足りなくなった事態に内部で起こっているあたふたぶりが見えるようである。
現代は残業過労死が社会問題になり、残業を規制しようと労使が検討している。「夜なべ」や「夜業」を風物詩のように扱っていたこれまでの社会が良かったのか悪かったのか考えさせられる作品である。
自在なる一人のたつき虎落笛三田きえ子[萌]
「萌」2018年1月号
一人住まいが自在な生き方であると掲句は言っている。虎落笛の音さえ励ましの音に聞こえ、或いは音楽のように刺激的であると言っているようだ。
私はまだ一人住まいは経験したことが無いが、妻の介護をして学んだことは、一人住まいも悪くなさそうだなと思い始めたこと。男にとっては炊事洗濯などが面倒くさいから二人暮しがいいと思いがちであるが、炊事も洗濯もちょっとした工夫で簡単に済ますことが出来る。極端に言えば俳句的な生活をしているとさえ思えて来るのである。
影といふひとりの影を踏みて冬同
見渡せば影というものは己の影のみと気づく、静かなたたずまいに居る方の作品であるとしみじみ思った。
坂鳥や雲を脱ぎたる朝の富士渡井恵子[甘藍]
「甘藍」2018年1月号
坂鳥とは珍しい季語を使っていると興味を持った。「春耕」創始者皆川盤水は別名「鳥の盤水」と言われ幼児期に父から学んだ小鳥にとても詳しかった。例句は捜せなかったが「坂鳥とは、渡り鳥が山越えをするときに鞍部の坂のようなところを安全に飛んで次の目的地に行くことだ」とよく教えてくれた。掲句は富士山を見上げる周辺の小さな山の光景なのであろう。坂鳥の賑やかに渡る様子を富士山が雲を脱いで見守っているというのどかな光景の句になった。
ぎんどろにどつどと来て初嵐菅野孝夫[野火]
[野火]2018年1月号
銀泥は裏白箱柳とも白楊とも言う柳科の高木。五月ころ実が炸裂し綿毛を持った種子を大量に飛ばす。乾燥したやや寒冷な土地にある。「どつど」と来る嵐は宮沢賢治の詩の「風の又三郎」の歌い出し部分と推量されるので次の一群の作品とともに宮沢賢治の故郷での光景の作品だと思う。初嵐がぎんどろに「どつど」と来て白い葉裏が美しく翻ったことであろう。
北上川イギリス海岸鳥渡る
木の実落つ山猫軒の屋根の上
秋の暮下の畑に烏鳴く
北上川にあるイギリス海岸に見立てた岸辺の上を鳥が渡り、「注文の多い料理店」に出てくる山猫軒の屋根を打つ木の実、「下ノ畑ニ居リマス」は賢治晩年の羅須地人協会の建物に貼られた黒板に書かれてあったチョーク書きの言葉、下の畑を訪ねて見れば烏の声の秋の暮れなど賢治の世界に浸りきった作者がそこにあった。
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