鑑賞「現代の俳句」 (124) 蟇目良雨
足し算はなんだかうれし桃の花 市堀玉宗[枻]
「枻」kai 2018年6 ~7号
読んでいて楽しくなる句とはこんな句のことを言うのだろうか。「俳句は引き算が大切」などと言われ続けた身には足し算が出て来るとほっとする気分になる。ぎすぎすした世の中でボーナスをもらったような気分である。俳句でも足し算の効用を考えたいものだ。
哀れ名にまけず地獄の釜の蓋能村研三[沖]
「沖」2018年7月号
「地獄の釜の蓋」とは思い切って付けた名前だと感心する。幕末の馬琴編『俳諧歳時記栞草』には掲載がないのでそれ以後の命名なのだろうか。ロゼッタ状に葉を水平に広げて地面すれすれに生えているので地獄の釜の蓋と見なした。乾燥させて煎じて飲むと効用があり本復するので地獄とは縁を切ることが出来た(地獄の釜に蓋が出来た)とこの名がついたと言われる。とんでもない名前に負けないで健気に咲いているとエールを送っている作者のやさしさ。
荷風忌やパフの汚れしコンパクト西村睦子[多摩西門]
「多摩青門」2018年夏号
永井荷風は明治12年に生まれ昭和34年に80歳で死んだ。高濱虚子とほぼ同じ時代を生きたが漢学の素養の上にフランス文学を重ね合わせたために自由奔放に生き作品を書いた。浅草のストリッパーに入れあげた話は有名で掲句からそんな場面が匂い立ってくる。「綺麗なパフ」では荷風には似合わないのである。
ハンカチの木の花涙を拭けぬ花和田順子[繪硝子]
「繪硝子」2018年7月号
ハンカチの木の花の句として出色と思った。写生を尽くしてもハンカチの木の花になかなか迫れないのだが、ハンカチの本質を素直に使い一句に仕立てた。「ハンカチの木の花は、ハンカチという名がついているけれど私の涙を拭うことはできないのね」が句意。ご主人を亡くされた悲しみの涙をハンカチの木の花は拭うことが出来なかったという相聞の句。
水打ちて一輪の月上げにけり 三田きえ子[萌]
「萌」2018年7月号
打水をしておいたら真ん丸な月が上がっていましたが句意。夏の間も崩れずに凜としている女性の存在が感じられる。夕方の打水から月が上がる宵までの静謐な時間の豊かな流れようを感じたい。
夜学校「誰だ!」と壁に大きな文字辻村麻乃[ににん]
句集『るん』より
一読して意味不明。黒板の上に「誰だ!」とあるのなら近づきやすいかもしれぬ。壁の上ということは教室の中のどこかの壁の上に「誰だ!」の文字があるはずである。教室の外は暗いから考えなくてもよさそうだ。苦学の夜学生に対して「誰だ!」の呼びかけは譴責の言葉ではなく、夜学生を取り巻く苦境から脱出できる生徒は「誰だ!」と目標を設定した先生の温かなエールと思えてならないのだが…。何れにしても問題作と思った。
薬石に若干の効梅雨あがる浅川 正[雲の峰]
「雲の峰」2018年8月号
薬石の効が少しあり体調が良くなりました、梅雨が明けるようにというのが句意。しかし句には梅雨明けの厳しい暑さが待っていることも暗示させるものがある。本復を祈るばかりである。
初蟬のこゑ湧き上がる朝餉かな 中坪達哉[辛夷]
「辛夷」2018年8月号
今年の夏の暑さは異常。「危険な暑さ」という気象予報の言葉が出始めた。40度の暑さもたまになら話題作りにいいかもしれぬが、連日続くとなると「危険な暑さ」として対処しなければならない。この暑さのおかげで(晴天続きもあり)蟬の活動が例年に比べ激しかったように思うのだがどうだろう。初蟬は私の住むところでは7月20日昼飯前。例年通りであり、はっきりと高らかに声上げて鳴いた。掲句は富山の初蟬。朝食に合わせて初蟬の声が湧くように聞こえたという。このように生活の実感のある句作りを学びたい。
配膳の指美しき河鹿宿 柴田佐知子[空]
「空」2018年6・7号
〈美しき緑走れり夏料理 立子〉は高級料亭の雰囲気がするが、掲句の河鹿宿は質素な渓谷の宿であり指美しき配膳の女性は、まだ労働に馴れていない宿の中学生くらいの娘さんのほっそりと美しい指が想像される。
金華山沖より母の日の打電 柏原眠雨[きたごち]
「きたごち」2018年8月号
三陸の金華山沖は親潮(寒流)と黒潮(暖流)がぶつかる潮目であることから世界三大漁場の一つに挙げられる。石巻から出航した漁船の乗組員が母の日に母へ電報を打ったというのが句意。「母さん、母の日おめでとう。鰹も豊漁だよ」という文面だと勝手に想像した。
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