鑑賞「現代の俳句」 (132)                     蟇目良雨

 

湯煙や伊豆の雑煮の具沢山松尾隆信[松の花]
「松の花」2019年4月号
 一句から作者が寛いでいる姿が彷彿とする。湯煙とあるから一本や二本でなく相当な数の湯煙が立っているのだろう。お正月休みに相応しい伊豆の宿の雑煮はと見ると、具沢山であったと喜んでいる。伊豆だけでなく他の温泉地でも成り立ちそうな句と思うのだがリズムの良さから作者の寛ぎが見えてくるのである。

列車忽ち帰郷の迅さ卒業す小川軽舟[鷹]
「俳壇」2019年4月号
 大学を卒業したときの光景だろうか、社会に旅立つ前に故郷の両親にお礼と報告をするために乗った列車の速力が忽ち増す。急く心に合わせるように列車は最高速度に達する。これが帰郷の迅さである。

平成の御代の終りの花吹雪谷口摩耶[鴻]
「俳壇」2019年4月号
 いよいよ「令和」の時代に入った。平成の最後の桜は、平成の名残りを惜しむように、花冷えの日を例年になく多く挟んでくれたので実に長い期間楽しむことが出来た。そしてショーのフィナーレのごとく花吹雪で締めくくってくれ、まさに句の通りであった。

鹿革の音ぼくぼくと鞠始 小林貴子[岳]
「俳壇」2019年4月号
 蹴鞠始の光景。きらびやかな装束に身を固めた蹴り手が鹿革で作られた鞠を蹴って楽しむ中国伝来の遊び。奈良談山神社で中大兄皇子と藤原鎌足が蹴鞠をやりながら曽我氏討伐の密議を計ったことが知られている。
 蹴鞠の儀式を観ていると蹴られた鞠から「ぼくぼく」と音がしたことを、いかにも鹿革を縫い合わせただけの鞠の発する音だと感心している。

広辞苑ほどの重さや恋の猫榎本好宏[航・件]
「俳壇」2019年4月号
 恋猫の重さは普段通りの猫の重さだと思うが、作者は恋をしているときの猫の体重にふと興味を持ったのだ。作者の机辺にはいつも猫と広辞苑があるのだろう。因みに最新の広辞苑第七版は普通版で3.3㎏。机上版で4.8㎏。最近は猫も広辞苑も太り過ぎ?。

葉となる芽花となる芽や競ひ合ふ稲田眸子[少年]
「俳句界」2019年3月号
 この句から草木にある芽は同じように見えても、花になる芽と葉になる芽があることが分かる。さらに調べてみると枝になる芽もあるという。成長するに従って色々な部位に分かれてゆく不思議さを感じさせる句である。新発見でもないが、自然界の真理を述べて感動を与えられる句作りは貴重である。

身を揺すり出でたるこゑの初鴉藤本美和子[泉]
「俳句界」2019年3月号
 初鴉が季語になっているのは賢くて神代の八咫烏のイメージに負うところなのだろう。初鴉の声を発するところを見て、気楽に「アー」と発したのではなく全身を揺すぶって声を発したさまが作者には、厳かに声を発したと感じられたのだろう。

芋けんぴなんぞも嚙みて五日かな鈴木しげを[鶴]
「鶴」2019年4月号
 「芋けんぴ」なる芋菓子を最近見かける。薩摩芋を串状に切って油で揚げて飴を絡めた菓子である。私もよく食べるが食べ始めるときりが無くなる。普段のおやつであり決して正月に改まって食べるものでない。正月の料理に飽きて口直しに芋けんぴなど食べたら普段の生活を取り戻したというところであろうか。

夕遍路今日一日の色を負ふ落合水尾[浮野]
「ウェップ俳句通信109号」
  一日中歩き続けて遍路宿に向かってゆくお遍路さんが夕日まみれに見えたところを一句にしたものか。夕日を負うだけでも絵になるが、その色が「今日一日の色」と見做したところに深みが出ていると思う。

生牡蠣と男の嘘を呑みこみぬ藤田直子[秋麗]
「ウェップ俳句通信109号」
  作者の周りの男性陣に嘘の多い人がいるとも鑑賞できるが、現今の政治家や官僚やまたは大企業のトップにも嘘つきが多いことを暗示しているのだろう。一強多弱の政治が齎した人心の歪みは目に余る。とりあえず生牡蠣と一緒に飲み込んでしまえという句意か?

立子忌の懐紙に雛の透かしかな中村幸子[貂・枻]
「ウェップ俳句通信109号」
 立子忌は3月3日。雛の絵の透かしの入った懐紙を持ち歩いた作者の心意気がうかがわれる。立子忌と雛とでは即き過ぎになりそうなところを懐紙の透かしに見える雛と抑えた表現が心憎い。

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