鑑賞「現代の俳句」 (138)                     蟇目良雨

 

叱られて犬の散歩や布袋草大矢武臣[帆]

「帆」2019年9月号
 何気ない家庭内の出来事が一句になった。「叱られて」は犬が叱られてではない。主人公が妻に叱られて家に居づらくなって犬を連れ出して散歩に出かけ、布袋草の咲いている水辺に来ている光景だと思う。犬は飼主に忠誠を尽くすので叱られることはほとんどなく盲愛されているに違いない。それに引き換え人間は、特に男は隙があれば謀反気を起こしやすい。妻から見れば危い存在である。水面の布袋草を眺めていると、ずんぐりむっくりした体型が自分に似ていて親しみやすく、根無しであるから自由に何処へでも行けるところを羨ましいと思い布袋草をみつめているのかも知れぬ。

山祇の生絹千丈那智の滝屋内修一[天穹]

「天穹」2019年9月号
 那智の滝の表現はいろいろあるが、長さ、風合を「生 絹(すずし) 千丈」とはうまく表現したものである。生絹は繭から取り出した糸をそのまま織物にしたのでざらざらの手触り感があり、これはすべすべとした練り絹がさらりと垂れ下がる感じより滝の水のぶつかり合う感じをよく表している。また、色彩もやや黄色を帯びて周囲の木々の色を反映しているようにも見える。自然の中にある滝を白絹に例えるより具体的で写生的である。絹の織物をお湯で煮て表面のセリシンを落として中のフィブロインだけにする工程を経て練り絹になる。

ラジオより農事通信蠅叩峰岸一茂[枻]

「枻」2019年7-9月号
 第一線の職を退くと小さな畑を耕して楽しむ人が多い。作者もそのような人か。まだまだ不足している農業の経験を補おうとラジオ番組の農事通信を聞いている。空調完備の居宅での光景でなく小さな作業小屋での一コマに思える。開け放した窓から蠅が出入りして蠅叩が離せない。人生の晩年に訪れた幸せな時間のように見える。

簗守の交替舟で来たりけり内海良太[万象]

「万象」2019年10月号
 簗遊びはいろいろやったが、掲句のような光景は見たことが無い。普通の簗は川岸から桟橋で繋がれている。観光客にも楽しませるためである。舟で行かねばならぬ簗なので観光用でなく専業の目的がある簗なのであろう。中洲に近いところに設けてあるので舟で往き来するのだろうか。こうした珍しい体験が一句になったと思い、あれこれ想像して楽しんだのであった。

最上川涼しく芭蕉運び去り今瀬剛一[対岸]

「対岸」2019年10号
 「芭蕉乗船の地」の前書きがある。芭蕉・曾良は平泉を見たあと尿前関経由で山形に入り、尾花沢、立石寺、大石田、新庄と歌仙を巻いたあと本合海から最上川を舟で下り清川から羽黒山、月山、湯殿山に入った。
五月雨を集めて早し最上川 芭蕉 
 はこの時の句。原句は
五月雨を集めて涼し最上川 芭蕉 
 であったが、掲句はそれに応えて作られたもの。「運び去り」に最上川の早さが込められている。

梔子の花はや褪する文のごと安立公彦[春燈]

「春燈」2019年9月号
 山梔子の花の褪せる早さは格別であろう。
錆びてより山梔子の花長らへる 波朗
 は我が師の句だが、花びらの退色はどの俳人も気にかかるようである。掲句は色の褪せる早さは文章が色褪せてゆくのによく似ていると自戒を込めて警告している。心したいものである。

木の洞のポストに入れむ落し文福島 茂[出航]

「出航」2019年9号
 道の辺に落ちている落し文なので捨てるようなことをしないでポストに入れて上げましょうねという句である。本物のポストでは如何にも作為があるので、木の洞のポストに入れてあげますというところに作者の心の優しさが現れている。

坊百畳へ褥べた敷き鵺の声槫沼清子[群星]

「群星」2019年秋季号
 百畳敷きの宿坊に蒲団がべた敷きになっている夜、虎鶫(とらつぐみ)の声が聞えて来たという内容。褥がべた敷きの光景が如何にも宿坊という雰囲気を漂わせている。人工物の音のない宿坊であるから虎鶫の声もはっきり聞こえてくる。

草田男忌日矢を梯子と登るべし檜山哲彦[りいの]

「りいの」2019年9月号
 草田男を偲ぶ日に日矢を梯子に見立てて天界へ上りましょうと檄を飛ばしている句。難解といわれる草田男であるが掬すべき滋味はまだまだあるのだと作者は言っている。草田男的な句になっていると思った。

(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)