鑑賞「現代の俳句」 (147) 蟇目良雨
きのふよりけふの青空初燕千田一路[風港]
「風港」2020年7月号
昨日より今日の青空の美しさを称えることにより初燕を迎える日の喜びが出ている。作者のお住まいの北陸能登の気象を考えれば尚更そう思う。能登では一年間の晴天が十三日しかないと言われる。初燕のために素晴らしい青空が用意された。
子供の日鋏使へば口ゆがみ八染藍子[廻廊]
「廻廊」2020年5・6月号
子供が鋏を使っている光景でもいいし、作者が鋏を使っている光景でもいい。何かに熱中すると自分の知らない癖が出てくる。口を歪ませて鋏で紙を切り抜いている光景と思うと子供の日らしい一こまになる。
海峡は慕情育てて夏つばめ野中亮介[花鶏]
「俳壇」2020年7月号
海峡は不思議な存在だ。地理的に隔てることが心を隔てることになる。掲句を演歌的に鑑賞すれば海峡の向う側にいる人に思いを募らせるのだが今は実現できない。夏燕よ私の思いを届けておくれということになろうか。
遠野なら河童も亀も鳴くだらう大輪靖宏[輪]
「句集『月の道』より
誰も聞いたことのない「亀鳴く」を上手く使った句。民話の世界の遠野に行けば亀も鳴くだろうし河童さえも鳴くだろうと遠野の世界に浸りきっている。
武者震ひして竹皮を脱ぎ散らす稲田眸子[少年]
「少年」2020年7月号
竹の子が成長して今年竹になる途中に大いに皮を脱ぎ捨てる。自然に落ちてゆくときの静謐な時間もいいが、風に煽られてどっと皮を脱ぐさざめきも風情がある。掲句は風に煽られて皮を脱いでいる様子を詠ったもの。「脱ぎ散らす」と一歩突っ込んだ表現に写生の技が見える。
茫々と国難竹の子育ちすぎ鈴木節子[門]
「門」2020年7月号
新型コロナウイルスの災難は国難と言える。現在のところ日本人の良き特質が蔓延を防いでいるので私はあまり恐怖心がない。しかしいつ止むとも知れぬ事態には正直いらいらしている。上五の「茫々と」にこの辺りの不安がうまく言いあらわされている。
萬緑の紅や鍵和田秞子逝く藤田直子[秋麗]
[秋麗]2020年7月号
深悼12句より
俳壇の知性鍵和田秞子さんがとうとう亡くなった。高幡不動の盤水先生と向き合うところにある鍵和田家の墓石に秞子先生の御名が刻まれることになる。作者は秞子先生の高弟で、掲句には色々な意味がこめられている。「萬緑の紅」には草田男の「萬緑」の華という意味が。また、そもそも草田男によって萬緑が季語になった「萬緑叢中紅一点」も思い出させる仕掛けがこめられている。秞子先生の「未来図」は今年の十二月に終刊が決まっている。「未来図」の面々は如何に。
薄暑はやシャボンの匂ふ町工場浅井民子[帆]
「帆」2020年7月号
句としては平凡な感じがするが、今の社会情勢を勘案すると少し面白くなる。工員さんの手洗いは当たり前の光景であるが、コロナ騒ぎの現今アルコールで消毒するところを従来通りシャボンで手洗いするところに町工場の苦境が見えてくる気がする。
いつのまに手首に輪ゴム啄木忌松尾隆信[松の花]
「松の花」2020年7月号
何でも勿体ないと思う世代らしい作品。私達の年代は輪ゴム一本でも未だ使えると思えば再利用する。手首に巻くのが一番わかりやすい片付け方。無意識に巻いた手首の輪ゴムに気付き、ああ今日は啄木忌だと思いを致す。輪ゴム一本がこんなに雄弁に語ってくれる「即物具象」の作り方をこの句は教えてくれる。作者は「俳句もの説」の秋元不死男を師系とする。
雨のいろ雨粒のいろ花菖蒲藤本美和子[泉]
「泉」2020年7月号
菖蒲園の雨中の光景だろうか、園全体が茫々と菖蒲の色に染まっていて、花に近寄れば菖蒲にまとわりつく雨粒まで菖蒲の色に染まっている。雨の菖蒲色の浄土になっている。
小町忌や月山和紙の濃むらさき井上弘美[泉]
「泉」2020年7月号
恥ずかしながら月山和紙を知らなかった。私たちは月山の西側の羽黒から月山に近づくことが多かったので、月山の東側に位置する山形県西村山郡西川町の名産である月山和紙に触れる機会が無かったのである。小町はここを抜けて秋田に入ったところに生まれ故郷があるという伝説があり月山和紙に文をしたためたこともあろうかと想像してこの句が出来たのかと思う。
青嵐の少年シャドーボクシング中尾公彦[くぢら]
「くぢら」2020年7月号
青嵐の頃の少年の生き生きした感じがよく出ている。いつまでも少年でいたいと願う作者。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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