鑑賞「現代の俳句」 (26) 沖山志朴
肩越に子らの顔出す初鏡伊藤幹哲〔馬醉木〕
[俳句四季 2023年 3月号より]
俳句結社に所属して活動する若い方が少ない中で、作者は、まだ三十代半ばの若い現在活躍中の方である。回顧の句ではなく、まさに子育て真っ最中の句。上五の「肩越に」の措辞に作者の家族への深い慈しみの眼差しが滲み出ている。
初鏡に向かっているのは、子供たちの母親、つまり作者の奥様であろう。その肩越しに子供たちが顔を出しては、鏡に映っている母親に笑顔を送りつつ、二言三言言葉をかける。母親は叱るでもなく、温かくその子供たちを受け入れながら化粧の手を休めない。父親は少し離れた場所からその光景を見守る。幸せを絵に描いたような句である。
日当たれば白き炎や山法師江見悦子〔万象〕
[俳句四季 2023年 3月号より]
日の光を遮っていた雲が移り、山上の辺り一面が急に明るくなったその一瞬を捉えた句である。密に咲く純白の山法師が、光を反射するきらびやかな瞬時を「白き炎」と隠喩法を用いて、実に印象的に表現している。
白い花弁のように見えるのは、実は花を包む総苞片。山法師の特徴として、この総苞片が天に向かって浮きあがるように開く。作者は、高いところから眼下の山法師を眺めているのであろう。日が差して反射した瞬間、山法師を炎のように感じたのである。
濡れ縁やほたるの闇に足を垂れ恩田侑布子〔樸〕
[俳句 2023年 3月号より]
第五句集『はだかむし』から。「ほうたるの闇に足垂れ濡れ縁に」という語順も考えられる。しかし、作者は、あえて濡れ縁に感動のやを伴って上五に据えている。
山家暮らしの長い作者。庭には、蟷螂の他いろいろな昆虫がやってくるとのこと。季節を迎えると蛍もその一員なのであろう。上五に濡れ縁を据えたのも、蛍よりも作者の日常の生活のありようを伝えんがための表現上の苦心なのであろうと理解し、自然と一体となった生活ぶりを憧れをもって想像した。
鶯の声雨の間を待ちきれず成川雅夫〔岬〕
[俳壇 2023年 3月号より]
かなり激しい雨の中でも、鶯は全くひるむこともなく、一定の間隔を保ちながら高い声で鳴き続けているよという、鶯をよく観察している方の句である。
鶯は、鳴くことにより他の侵入者たちからテリトリーを守り、生まれた雛たちの命を必死に繋ごうとしている。さらに、雛たちに鳴き方の手本をも示しているのである。下五の「待ちきれず」の措辞に自然界で生き抜くための鶯の強い生命力が伝わってくる。
久々につかふ白墨啄木忌久留米脩二〔海坂〕
[俳句界 2023年 3月号より]
掲句の作者はひょっとするとかつて教職に就いていた方なのかもしれないと想像する。久しぶりに使う白墨、簡単なようで、行が曲がってしまったり、文字に大小が生じてしまったりと、うまく使いこなすのは、意外に難しいもの。
啄木には、渋民村の渋民尋常小学校の代用教員をしていた時期がある。いろいろな職を転々としながら一家の生活を支え、懸命に生きた啄木。歌人としての高い評価を受けながらも、享年わずか二十七歳という若さで惜しまれつつ他界した啄木の苦難の生涯を偲ぶ。
稲雀飛び翔つまでは数知れず島村正〔宇宙〕
[俳句界 2023年 3月号より]
初めは、稲雀がかなりの数群れているぞ、くらいの認識であったのであろう。しかし、近寄ると一斉に群れて飛び翔つ稲雀のそのあまりの数の多さに驚いて、しばし呆然としてしまう。
中七と下五の表現の仕方に工夫が凝らされている。そして、打消しの助動詞「ず」が効果的に作用している。直接的な表現を避けて、婉曲に驚きを表現することで、また一味趣の違った個性あふれる句となった。
雪吊のはじめ髪結ふごとくなり 伊藤幸枝〔円座〕
[俳句界 2023年 3月号より]
雪吊には、何通りかの様式があるようである。掲句は、支柱の頭頂の飾りの荒縄から、各縄で直接松の枝を吊る兼六園式といわれる様式なのであろう。まだ、新しい藁の香りのする荒縄、それを庭師さんたちは、一本一本芸術品のように美しく均等に張り巡らし、松の枝を支えてゆく。
雪吊の作業工程を「髪結ふごとく」と視覚的な比喩で表現した、繊細で瑞々しい着想と感覚に感服するばかりである。
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