日本酒のこと  (2)
 寒造         安原敬裕

  春耕2月号が届く1月末の酒蔵は「寒造」の真只中にあります。寒造を歳時記で調べると「寒中の水で酒を醸すこと、とりわけ寒中の水を使って造った酒は味が良い」等と解説されています。日本酒は寒の時期を中心に11月から3月にかけてと寒い時期に造られるのが一般的ですが、何故なのでしょうか。
 理由は大きく三つあります。最初の理由は、野生酵母等の雑菌の増殖を防ぐためです。発酵食品である日本酒造りの主役は、アルコール発酵を担う優良な清酒酵母です。ところが、蔵には野生酵母等の雑菌が溢れており、これが酒造工程に混じることは厳禁です。その意味で、雑菌が増殖しにくい寒い時期が酒造りに適しているという訳です。ちなみに、私が酒蔵の助っ人として出向いた時は、一週間前からの納豆の絶食を命じられました。
 二番目の理由は冷たい水です。酒造工程では、酒母(しゅぼ)造りと醪(もろみ)造りで冷たい水を使用します。特に醪造りでは蒸米、麴米、酒母(清酒酵母を培養したもの)と大量の水が必要となります。三段仕込みと呼びますが、この工程では大きなタンクに初添え、仲添え、留め添えと三段階に分けてこれら材料を加え、20日間(吟醸酒は30日間)余をかけてアルコール発酵させます。ここでは一般的には摂氏十度前後の冷たい水を使用することが必要であり、これが寒い時期に酒を造る理由となっています。
 三番目の理由は杜氏と蔵人の確保です。杜氏とは酒造り現場の総監督であり、南部、越後、能登、丹波、広島等の杜氏が有名です。これらの杜氏や蔵人は農閑期の冬場における出稼ぎ仕事として全国の酒蔵で働きます。このため、杜氏や蔵人に頼る日本酒造りは自ずと冬場の作業と相成った訳です。
 以上が寒い時期に酒造りが行われる理由ですが、「一昔前ならともかく、現在では機械の力で雑菌除去や冷たい水が確保できる。出稼ぎの杜氏に頼らなくても、東京農大の醸造学科卒を雇った方が科学的な酒造りができる」という疑問が湧きませんか。実はそうなのです。最近は農業従事者の減少と高齢化に伴い、杜氏の人手不足や後継者育成が大きな問題になっています。このため、醸造学を学んだ杜氏を通年で雇うケースが増え、併せて重労働作業の機械化やタンク内の温度管理の自動化等の近代化が進められています。
 そして、機械化や自動化の究極は、蔵全体を空調の効いた近代的な工場として整備し、杜氏の持つ職人的な勘の部分も含め全工程を人工知能化し、コンピューター制御で一年を通してお酒を造ることです。その代表格の一つが山口県の獺祭です。業界のパーティーで会った岩国市の物流会社の社長は、「獺祭の酒は人の温もりが伝わってこない。私は手造りの五橋の方が好きです」と話していました。皆さんは如何ですか。
山廃の留めの仕込に寒の水敬裕