「晴耕集・雨読集」 11月号 感想 柚口満
消印は海辺の町の夏見舞伊藤伊那男
俳句という文芸は五、七、五という17文字だけで展開される短詩系のものである。この少ない文字数だけで如何に他人に感銘を与える俳句を作るかが勝負であるといえよう。
長年の俳句との付き合いで、美辞麗句を排し、写生に徹し、言葉の重複を極限まで見極め、省略の妙を会得、そして切字の効用を身に着ける等々学び続けてきた。そんなことに加味して最近はその句から様々な膨らみが感じられる句を好んでいる。
例えば掲出句。海辺の町から届いた暑中見舞いを詠んだ一句である。「消印」がキーワードであることは衆目の一致するところであるが、送り主が海辺の町に住んでいる友人なのか、あるいは友人はリタイアして都会の生活にピリオドをうち海辺暮らしを始めたのかもしれない。この作者にとって思い出深いことがあった町かとも思ってしまう。
そんなことをあれやこれやと想像させくれる一句で、海辺の町の消印がここまで広がりをみせてくれた。改めて短い俳句の深い魅力を感じるのである。
ちちはははこの家知らず門火焚く蟇目良雨
今月号には季節柄お盆を詠んだ句がたくさん投句されていた。我々の年になると祖先を敬い、先祖を送り迎えて御霊を供養する意識が年々深くなるのは共通したものではなかろうか。
ただこのお盆を俳句に詠むのはなかなか類想の罠にはまりやすく注意を要するものであろう。
この句は父母亡きあとに建てた家の前での迎え火の景である。上五、中七の表現に万感の思いが詰め込まれている。妻や子、そして孫と揃ったなかで蟇目家の門火が静かに焚かれ、祖先への敬虔な感謝の念の中にお迎えをしたのである。
コロナ禍の盆や亡夫と二人きり萩原まさこ
師走を迎えても新型コロナウィルスの感染拡大は止まることを知らず、政府の対策の在り方に批判の声も高まっているようだ。我々の身辺を見渡しても、その日常生活が大きく変わったことに改めて愕然とする。
そのなかでも65歳以上の方々が外出自粛を守り自己防衛される姿には頭が下がる。
そんなコロナ禍のお盆を詠んだのが掲出句、先年亡くなられた亡夫をお迎えして2人きりのお盆を過ごしました、と述懐される。未曽有の厄難で来客もない中で住みにくくなった世の中を夫に語りかけられた。
秋天を大きく広げ庭師去る中島八起
夏の間に生い茂った庭の木々や松の古葉を取り除き新葉を残して樹形を整える松手入れなどは秋の季語とされる。俳人はその植木屋、庭師の紺法被のいでたちや鋏の音などに俳句心を揺さぶられて一句をものにする。
この句は庭師が1日がかりで庭の木々を整えたあとの景色を詠んだもの。2、3人の庭師が去ったあとの庭はすっきりと形が整い、秋の澄み切った大空が普段と違って大きく広がっていたという。秋の清々しさが横溢した一句。
幸薄き父の好みし冬瓜汁広瀬元
冬瓜汁(とうがじる)という季語が実に効いていると思った。冬瓜(とうがん)は冬の字がついているが秋の季語、ウリ科の蔓性の果実で大型の球形もしくは楕円形をしている。最近の子供たちにはあまり馴染みがないかもしれないが昔は煮物、漬物、掲出句にあるように汁物にして食した。
作者はその冬瓜汁を啜りながら今は亡き父上をしみじみと思い出している。その汁に随分と苦労をされた父を重ね合わせ幸薄きと表現した。きわめて淡白な味がそうさせたのだろうか。
揚げて煮て漬けてなすびの色を愛づ飯牟礼恵美子
夏の野菜の代表的なもののひとつに茄子がある。その茄子を、主婦らしい視点から詠まれたのが掲出句。茄子の料理は句にあるように、揚げてよし、煮てもよし、そして漬物にしても飽きがこない。そうそう鴫焼もあった。茄子の多様性を織り込みながらその色の鮮やかさを詠んだ。目に染みる茄子の紺。
風紋を薄くれなゐに秋夕焼上野 直江
広々とした砂浜が続く秋の海岸の夕景を美しく詠んだ一句。夕焼けは四季を通じて見られるが、夏の激しさ、冬の一瞬の鮮やかさに比べ秋のそれはあえていうと寂しさであろうか。風紋にうっすらと宿る秋夕焼は美しく儚い。
座布団の真中に沈む生身魂佐藤利明
お盆に関係した生身魂という季語に初めて接した時は少々驚いたものだが、お盆に際し年長者を敬いその長命を祝うとあれば納得である。分厚いふかふかの座布団の真ん中に沈み込む生身魂は身体の嵩は減っても意気軒高、まだまだ一族への睨みは健在である。
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