「晴耕集・雨読集」5月号 感想          柚口  

七輪をかかへて来たる梅見客池内けい吾

 5月号には観梅の句が多く見られたが掲句は上五から中七にかけての「七輪をかかへて来たる」という具体的な行為の提示による景が新鮮でひと味違った梅見の一句として仕上がった。
 梅を見るのが目的であったが、ところがどっこい、もうひとつの密かな楽しみがあったのだ。それは七輪という小道具でわかるように暖をとるというより、酒宴をひらく、つまり酒のお燗や酒肴を焙る便利なものであった。 
  今の若者は路上でたむろして酒宴を開き顰蹙をかっているが、人生をしぶとく歩んできた人達にはこのような余裕があったという事か。

この雛の灯点すことも五十年武田花果

    人生のあり様がしみじみと醸し出された一句である。作者に直接お聞きしたわけでないのでここから先の鑑賞は小生の独自のものである。
   お雛様の節句を迎え、雛壇に灯しを入れるのもはや半世紀になったと述懐されているが気になるのはこのお雛様のルーツである。結婚されて女の子を授かりそのお祝いにいただいたものか、あるいは結婚を機にお母さまから譲り渡されたものなのか、いずれにしてもこの雛人形は50年を経た今も飾られてその折々の時を懐かしく思い起こさせてくれる。こうしてみると雛祭はおんなの祭であり、女の歴史でもあることがつくづくと感じられるのである。

立春大吉きりんの網目伸び切つて倉林美保 

   陽暦で2月4日ごろに立春を迎える。この頃は実際はまだ寒く自然界で草木が芽吹くのもまだまだ先のことである。
 しかしテレビや新聞で日差しの眩しいなかの蕾や芽吹きを見せられると心が和み、期待が膨らんで来るのも確かなことである。この句は動物園での嘱目吟である。立春の日のキリンはその首の網目の模様を存分に青空に向けて大きく延ばしていた。春を迎えたキリンの躍動感のなかに春の到来を見つけた一句。

先曲げて選ぶ釣竿春めきぬ沖山志朴

 この句も春の到来を待ちこがれていた人が作った句である。めく、という接尾語はそれらしくなるということでそこには春が動き出すというニュアンスが微妙に伺われる。
 釣り道具屋に足を運び釣竿を物色する作者、竿の先の撓りの調子を入念に試す姿からはかなり豊富な経験が想像できる。半月もすればあの海、あの渓流へともう計画が立てられているのだろう。

玻璃越しの笑顔目くばせ寒見舞小野寺清人

 この句に出会った時、一読したときは只の寒見舞いの景かと思ったのだが上五の「玻璃越しの」の表現に気づいてあっ、と声を出してしまった。句に占めるこの語彙の斡旋にびっくりしたからだ。
 長引くコロナ禍は社会にさまざまな不便、理不尽等々を押し付けているが、施設や病院のお見舞いは極度な制限が設けられている。この場面もまさにその光景なのだ。直接に対面できずガラス越しに笑顔を交わし合い目くばせで会話をする、切ない場面である。テレビでは携帯電話で会話を交わす場面も放送していた。
 ワクチン接種の広まりを頼りにする日々であるが、お互いが面と向かって会話ができる日が近い事を願うばかりである。

水煙に三日月淡し梅の寺清水伊代乃

 梅の咲くお寺の夜景を美しく詠んだ一句。五重塔などの仏塔の屋根から天に向かって伸びる相輪の上部に位置するものに水煙(すいえん)がある。火炎状の金具の装飾は火事の連想を避け水難を抑えるとされる。梅の香が漂う境内の五重塔の水煙の上天にはうっすらと細い三日月がかかる。もろもろの自然が抑制的に配置された句には忬情が生まれる。

雨近し沈丁の香の濃くなりぬ根本孝子

 春の沈丁花、秋の金木犀はその香りで季節の到来を知らせてくれる親しみのある植物である。路地に入りどこからとなく漂ってくる香を感じて、振り向いて花を捜した経験は誰にでもある。
 掲句は雨が近づくと沈丁花の香が強くなるという、日頃から身についた発見が眼目である。生活体験に裏付けられた説得力が垣間見え、多くの人の共感を呼ぶ俳句になった。

副木も苔も勲章梅真白原田みる

 副木とは添え木のことである。梅園にある見るからに古い梅の木は何本もの添え木に支えられ、幹はというと青々とした苔に覆われていた。 
  そんな一見老いた梅であったが、花の咲き具合は他を圧するもので枝の先までびっしりと花びらをつけ、貫禄十分な威厳を誇っていた。作者は副木も苔もこの梅の勲章だと、最大級の賛辞を送っている。