今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2019年2月号 (会員作品)

 

鶲来る綾子生家に蔵ふたつ角野京子

雪の来て高きを競ふ甲斐の山岡島清美

木戸閉ざす櫓屋の庭先枇杷の花飯田千代子

冬草や礁のごとき寒立馬太田直樹

白障子亡き姑の桐簞笥広崎和代子

冬薔薇たれかを待つてゐるやうな秋山淳一

 

鶲来る綾子生家に蔵ふたつ
即物具象という言葉がある。物を描いて物から語らせる俳句の手法である。
綾子は細見綾子のこと。その綾子生家に蔵が二つ残っているところに鶲がやってきたという句意。鶲はどちらの蔵が綾子に一番関りがあるのかと訝っていると読めば、それは作者に置き換えて読むことが可能になる。好奇心旺盛な作者があれこれ鶲に成り代わって綾子生家を楽しんでいる。

雪の来て高きを競ふ甲斐の山
初雪を迎えて甲斐の山々はおれが一番高い山だぞと急に言い出しているようだと作者は感じて一句になった。作者もどの山が一番高いのか知りたくなったから一句に繋がった。俳句は作者の小さな感動を表せば句になるよい例になった。             

木戸閉ざす櫓屋の庭先枇杷の花
今どき櫓屋とは珍しい。海の舟はほとんど艫を使わないだろうから、川や湖沼で用いる舟の櫓であろう。櫓屋の裏庭は湖沼に繋がっていて枇杷の花が目立たぬように咲いている。今日は客も来ずに裏庭の木戸は閉ざされている。

冬草や礁のごとき寒立馬
下北半島の寒立馬に厳しい冬がやってきた。一面の冬草の原に寒立馬がじっと動かずに立ち尽くしている。それを礁のようであると作者は見做した。もうすぐさらに厳しい冬が雪を伴ってやってくる。礁のように動かずに春を待つことになる。

白障子亡き姑の桐簞笥
この句も即物具象の句。姑が愛用してきた桐箪笥が姑の亡きあとも残っている。作者にとって色々思い出のある箪笥なのだと思う。白障子に囲まれた部屋であることできっぱりした生き様の姑が想像できる。私には少なくともそう思える。

冬薔薇たれかを待つてゐるやうな
冬薔薇は少し萎びて見える事が多い。そんな冬の薔薇が誰かを待っているようにある。落ちぶれた「毛皮のマリー」のように淋しく誰かを待っているように見えたと私も思えた。         

takao baigou

裏高尾梅郷