今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2019年3月号 (会員作品)

 

鮟鱇の無念の相で吊られをり秋山淳一

教会の十字架を射る寒の月青木晴子

為し終へてなほ心急く十二月請地仁

己が名も忘れし姉よ着ぶくれて山田えつ子

炭点前終へ松風の立ち始む堀田知永

お岩木は羽ばたくごとし初山河太田直樹

鮟鱇の無念の相で吊られをり
 鮟鱇の吊るし切りを詠ったもの。こうした場面は俳句で幾らも詠われるが「何をどう詠いたいか」を個性的に捉えないと月並みになる。掲句は吊られた鮟鱇の顔をしみじみと見て、無念だろうなと同情したことが「無念の相」に結実し読者の心を動かすことになったのである。

教会の十字架を射る寒の月
 屋外の景色。寒月光が教会のクルスを射し照らしている。その光景は厳しく神々しく見えたことだろう。作者はその時、教会の内部で何が行われているのだろうと想像を巡らせていたのではないだろうか。憧れを持って。  

為し終へてなほ心急く十二月
 作者の几帳面な性格が出ている句。師走になって新年の準備をあれこれ行う。予定どおり終了したと思うのだが何かし忘れたことがあるようで心が落ち着かない。これも十二月のせい。 

己が名も忘れし姉よ着ぶくれて
 年を取ると色々な病気が出てくる。運動障害や知的障害である。掲句は呆けと言われ、アルツハイマー病に代表される病気になった姉上のことを詠んだもの。この句には着ぶくれて赤ちゃん帰りしていく老人の自然な姿が描かれていると思う。この作者の別な句に
眠る子の柚子湯の香りほのかなり 
 という句がある。呆けた姉上が居るという年代から推定すると、この句の主役はお孫さんだろう。柚子湯の香を残して眠る赤子の幸せそうな様子が描かれている。両方の句が人生の真実の姿なのである。

炭点前終へ松風の立ち始む
 茶道で客が来る前に炉の炭を整えることを「炭点前」という。お湯がただ沸けばいいというものでなく、美しく炭を熾し、美しい音色で釜の湯を滾らせるほどの繊細さが茶道には求められる。炭点前の準備が整いあとは客を待つばかり。庭に松風が立って客の来る気配がする。   

お岩木は羽ばたくごとし初山河
 お岩木は岩木山のこと。青森、津軽の守り神である。新年を迎えて見る故郷の山河の中心に羽ばたくように岩木山が聳えている。羽ばたくような元気なお岩木を見て土地の人は勇気づけられるのである。故郷賛歌の句。 

春の雪 裏高尾木下沢