今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2021年7月号 (会員作品)

断崖の地層幾重に懸り藤小島利子

紫の夜明けの城や養花天有澤志峯 

チャイムにもふらここ急に止められず花枝茂子 

ワクチン接種券届きし夜の冷奴島村若子 

尾根をゆくリュックは真つ赤しろやしほ関谷総子

もう増えぬ亡き子の写真こどもの日田中せつ子 

子の古着身にこそばゆし更衣桑島三枝子

鑑賞の手引 蟇目良雨

断崖の地層幾重に懸り藤
 堅実な写生句とはこういう句を言う。リズムがよく、連続したイメージが上から下へ次々見える仕掛け。ある断崖を見上げたらはっきりした地層が幾重にも重なって見える。その地層を覆い隠すように山藤が垂れている。天然の織り成す不思議さに作者は感嘆している。

紫の夜明けの城や養花天
 単純な表現ながら色彩豊かな景色を表現できた。紫色に染められた夜明けの城郭が幻想的に浮き上って見える。曇天の効果で空全体も紫に染められている。シャッターチャンスを狙っていたカメラマンの厳しい目がここにはある。 

チャイムにもふらここ急に止められず
 幼稚園か学校の光景であろうか。休憩時間にブランコを漕いでいたが、休憩の終了を告げるチャイムが響き渡っているのに揺れているブランコから下りられずに慌てふためいている様子が分かる句。この句は出来事を描写しているがブランコの俳句は案外難しい。嘗てNHKの「俳句王国」に出て〈ぶらんこを漕ぐいちにつさんいちにつさん 良雨〉を金子兜太さんが採ってくれた時、類型的でないところが良いという感想だった。掲句も類想が無いところが新鮮に見えた。

ワクチン接種券届きし夜の冷奴
 ワクチン接種券は毎年インフルエンザの季節が近づくと配布されて来るがそれを俳句に読むことは無かったと思う。俳句という小さな器に盛ることは通常でないことが求められることもある。勿論、平凡な中に新しさを見つけて俳句に詠むことも大切であるが・・・。世の中は今、新型コロナウイルスワクチン接種が火急の話題である。とりあえず接種券が届き安堵した結果が素直に夜の冷奴に繋がっている。某かの酒の匂いも漂う句である。

尾根をゆくリュックは真つ赤しろやしほ
 山登りの作品。尾根道を幾人かが渡って行く中に真っ赤な色のリュックが見える。女性が混じるパーティーなのだろう。その赤さに気を取られて進んでゆくと白八汐(しろやしほ)(ゴヨウツツジ)が白花を誇って咲いていたという構図。色の対比があるために句が引き締まった。

もう増えぬ亡き子の写真こどもの日
 子供の日なのに悲しい句になった。作者はお子さんを先に亡くされている。そして子供の日になるとアルバムを繰り返し見てお子さんのことを偲んでいる。そして当然なことであるのだがお子さんの写真はもう増えぬことに気が付く。残された写真の大切さはこれからますます増えてゆくことだろう。

子の古着身にこそばゆし更衣
 更衣のころ引っ張り出したものが子供が呉れた夏用の古着。この句の言いたいこと(眼目)は「身にこそばゆし」である。「こそばゆい」とは、むずむずした感じ。自分には派手でくすぐったい気分になったのだろう。「あ母さん、これ位派手で明るいものを着なさいよ」と娘さんから言われて貰った夏衣だと思う。娘に言われた通り今年は若返ろうとする作者。