鑑賞「現代の俳句」(106) 蟇目良雨
輪を描いてさらに高きへ鷹柱山崎ひさを[青山]
「田」2017年1月号より
単純明快な句。鷹柱が上空で円弧を描きながら、更に高空へ移りそしてやがて南方へ渡って行く光景を描いたもの。下五を「鷹渡る」としないで「鷹柱」と置いたことによりしっかりとしたイメージが読者の側に残ったと思う。鷹柱を一本の柱のように扱ったことで句が引き締まった。
鷹は上昇気流に乗って高空へ昇り、そこからゆっくりと降下することによって遠くまで飛翔する省エネ飛行を繰り返し日本から何千キロも離れた南方の密林地帯へ移動する。掲句の「輪を描いてさらに高きへ」が鷹の渡りの本質を言い表わしているのではないだろうか。
披露宴の二人の胸に赤い羽根柏原眠雨[きたごち]
「きたごち」2017年1月号より
結婚式に赤い羽根を付けて出席する人を見たことがなかったので驚いたが、いろいろ考えさせられた。
二人とあるからには新郎新婦なのであろう。御召替えをして普段着に近い服装で披露宴に臨んだのであろうか。社会貢献を優先している二人であることが赤い羽根から窺われる。 それとも、熟年結婚のカップルかもしれない、私服で楽しくやろうと赤い羽根を付けたまま披露宴に出たとも考えられる。作者は「風」の沢木欣一に即物具象を学んだが、結婚式披露宴の新郎新婦の胸にある赤い羽根という「物」から一編の物語を紡ぎ出した。見て、事態を認識して、他人に理解してもらうために必要なものは「物」であるという写生の重要さをこの句から再認識した。
編み上げし背負籠のみどり春を待つ岸原清行[青嶺]
「俳句四季」2017年2月号
米作りの季節が終わると農閑期に入る。本来ならゆっくりと体を休ませたい農民であるが、現実はなかなかそうもいか ない。稼ぐために内職をする。昔なら草鞋つくり、米俵作り、 蓑作りをする。藁を柔らかく編みやすくするために藁砧を打つ音が村のあちこちから聞こえてくる。竹細工や蔓細工も農閑期の作業である。雪に閉ざされた山村では竹や蔓を利用して生活用品を作る。笊や箕、籠の類である。中には民芸品として高い評価を得るものもあるがほとんどは自家用である。大振りの背負い籠を編み上げて、春になったら野山に何を取りに行こうかと楽しく想像しているのである。編み上げたばかりの背負い籠のみどり色が待春の効果を引き出している。
春近し絵皿の唐子跳ねあうて朝妻力[雲の峰・春耕]
「俳句四季」2017年2月号
陶磁器からずばり俳句作品に仕上げた例として
秋風や模様の違ふ皿二つ原石鼎
古九谷の深むらさきも雁の頃細見綾子
古伊万里の赤絵の喜色三ケ日皆川盤水
などが思い出される。いずれも陶磁器の色彩から発想を得た句である。
掲句は皿のデザインから発想して一句をなした。絵皿に描かれた唐子(中国の子供)たちが楽しそうに跳ね合っているさまから春の到来を感じたのである。磁器に呉須で描かれた 唐子は可愛らしく生き生きしている。漆器に唐子が描かれる場合もあるが磁器に描かれた唐子を想像すると生活感があるように感じられるが如何だろうか。
雪来ると子規全集が軋み出す高野ムツオ[小熊座]
「俳句四季」2017年2月号
子規全集は嘗ては高価でなかなか買えなかった。ところが住宅事情が変わり家の中に全集を置く余裕が無くなってくると手頃な値段になってくれた。私の持っている子規全集は改 造社版の全十八巻ものである。近所の古書店から十万円以下で購入することが出来たものである。箱に入っているので中身は十分使用に耐えることが出来るが、それにしても飴色になった外箱はさすがに歴史を感じさせる。
掲句は雪が降る季節になったら、子規全集が軋み出して音を立てている(ようだ)と言っている。本が軋み音を立てるはずもないので、雪の季節に家に籠って子規の勉強をしよう という心持ちが、書籍が軋んでいるように思えたのであろうか。勉学の徒に相応しい一句に仕上がった。
綿虫や刻を同じに死者生者西嶋あさ子[瀝]
「俳壇」2017年2月号
親しい方がよく亡くなる今日この頃である。高齢化社会なので避けることのできない現実である。また、私自身が高齢者の仲間入りをしたことにもよるのだろう。年寄りがいつま でも世に憚っていると社会は行き詰まってしまう。新陳代謝は自然界の鉄則である。まだ生き疲れたとは感じないが、やがて死を当然のように受け入れる気持ちになってくるのだと 最近うすうす感じている。そこに見えるものは何か楽しみのように思えると世の智者が話しているのを聞いたりする。本当かどうか確かめてやりたいと生きる希望の種にしている。
掲句は自然界の新陳代謝をまさに言い当てている。死ぬ人がいれば、生まれてくる命もある。宇宙も生命も不思議だらけである。綿虫がふわふわと宙に浮かんでいるように。
穴まどふ熊の泳げる最上川阿部月山子[月山・春耕・万象]
「俳句界」2017年2月号
冬に熊が冬眠に入るときに「熊穴に入る」と表現する。掲句は穴に入ろうとしている熊が穴を探し出せなくて最上川を泳いでいる光景を描いて一句にした。作者は庄内地方の自然 に詳しいのでまさに見たのであろう。この句の手柄は「蛇の穴惑い」と同じように熊にも穴惑いするものがいてその結果最上川に嵌ってしまった粗忽ものの熊を描いているが、勿論、無事に川を泳ぎ切って早く穴に入れよとエールを送っているのである。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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