鑑賞「現代の俳句」(112) 蟇目良雨
ジャムの瓶洗ひて蝌蚪を持ち帰る柏原眠雨[きたごち]
「きたごち」2017年7月号
野遊びに来て子供が蝌蚪を見つけて家に持ち帰りたいと駄々をこねた。そんなときに母親が食べ残しのあるジャムの瓶を洗って、「ここに入れて持ち帰りましょうね。蓋も閉められて安心よ」と子供に渡した。ジャムの瓶だから大きくはなく帰りの電車の窓枠の上に置いておたまじゃくしに一喜一憂する子供の喚声が続いたことだろう。ジャムの瓶を持って野遊び(ピクニック)に行く家族ってお洒落と思うのだがどうだろう。
老いらくか怡楽かわれに籠枕 鈴木太郎[雲取]
「雲取」2017年8月号
これまで見向きもしなかった籠枕に急に興味が出て使ってみた。老いらく(老いを深めた)のせいなのかそれとも怡楽(純粋な遊び)のためなのか。
私たちが若かったときに目にした親の生活や趣味は実に堂に入ったものに思えたものだ。籠枕ひとつをとっても父親がしていると絵になっていると思ったのだが今、私たちが同じことをして周囲はどのように見ているのか。作者は自問自答しているに違いない。
陶淵明の桃源郷詩に「怡然有餘楽(いぜんとしてよらくあり)」の言葉があることを知った。掲句の怡楽とは桃源郷に遊んでいる駘蕩とした気分と受け取ってさほど間違いはないと思った。
夕日ほど未来明るし金魚玉 小川軽舟[鷹]
「俳句四季」2017年8月号
作者の言う未来は安心していられるくらい明るいのであろうか、それとも明るいには明るいが、夕日ほどの明るさだと考えておいた方が無難だと言いたいのだろうか。壊れやすい金魚玉が危うさの象徴のようにぶら下がっている。
原爆図を描いて「体験しなければわからぬほどお前は馬鹿か」と丸木俊は語ったという(天声人語より)。夕日ほどでも明るい未来を確保するために金魚玉を壊す馬鹿者の出現を防がなくてはならない時代風潮に敏感でありたい。
きのふ見し片蔭母は還らざる 井越芳子[青山]
「俳句四季」2017年7月号
昨日見たとき母は片蔭を歩んでいたのにそのまま戻って来なかったと、母の死を悼んでいる。昨日見た片蔭は永遠にそこにあるように作者の心の中に蔭を作っている。この句から母の死は突然であったと想像される。母恋いの句として類想の無い句に仕上がった。
かはほりや日暮るるまでの門遊び 加藤耕子[耕]
「耕」2019年9月号
私の住んでいる文京区は都心にあると言えるが昔の御屋敷の跡が残っているので森めいたところが何カ所もある。この森に蝙蝠は棲みつき夕暮れの空をほしいままにしている。住宅地が多く高層ビルが少ないので出始めの大きな月を背景にして飛ぶ蝙蝠は実に絵になる。掲句は近くに蝙蝠の棲む森(廃屋の壁の中などにも棲む)があり子供たちも安心して日暮れまで遊べる町の様子が窺い知れる。私の幼少時に、履いていた下駄を空に放り上げると蝙蝠がこれを獲物と勘違いして頭をぶつけ失神して落ちて来たところを生け捕りにして遊んだ覚えがある。ビロードの肌触りとふわふわの柔らかさが忘れられない。子供が日暮れまで外で遊べる安全な町を守ってあげたいものである。
牛の仔に吊りし蠅捕リボンかな 亀井雉子男[鶴]
「鶴」2017年8月号
都会には蠅が少なくなったと思う。しかしよく見るとコバエや蝶蠅は勿論、ゴキブリはしぶとく生き残っている。ゴキブリは一億年前から形を変えずに生き残っているというから驚きである。
さて蠅取りリボンであるが、使用前はミシン糸ほどの大きさの筒状をしていて一方を引っ張ると中から粘着糊の付いたリボンが1メートルほど出てくる。それを天井から吊るすと蠅や蚊など飛び回る虫が粘着捕獲される。牛小屋の蠅は成牛ならば長い尻尾で自身で追い払うことが出来るが、仔牛には未だ長い尻尾が無いので蠅取りリボンを吊るしてやったのである。だから掲句の「牛の仔に吊る」というところが説得力を持つのである。
ひとまはり瘠せたるおもひ竹婦人三田きえ子[萌]
「萌」2017年8月号
「以前よりひと廻り瘠せたように思います」と我が身をかこつ作者と、竹婦人の対比が絶妙である。ご存知のように竹婦人は暑い夜を少しでも快適に安眠できるよう傍に置いて腕を乗せたり足を乗せたりして風通しをよくする竹製の抱き籠である。夏の間中酷使された竹婦人が、ひと廻り瘠せたように見えますねと同性の女性から同情されているとも一見思える所が俳諧味のあるところであると感心した。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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