「晴耕集・雨読集」3月号 感想 柚口満
断捨離と思ひつ年の市巡る升本榮子
2010年の流行語になったのが「断捨離」という言葉でそれ以降、特に高齢者の間でおおきな話題を呼ぶものとなった。
文字通り必要ないものを断ち、捨て、執着から離れようとの趣旨でこれ以降静かなブームが続いている。掲出句の作者は日頃は断捨離を心掛けているものの年の暮の市ではついついと要らないものを買ってしまった、述懐する。という小生も家の中にはびこるものに何も手が付かずに難儀しているのである。
吹き遣ればまた戻りくる雪婆朝妻力
綿虫の傍題に雪婆がある。この綿虫、晩秋から冬の初めにかけての風のない曇り空に突然湧き出すように漂ってくる不思議な虫である。その飛び方が小雪の舞うように見えるので雪虫とか雪婆と呼ぶ地方もある。
この句は2mmほどの小さなこの虫に親しみをもって接している。手のひらの雪婆をそっと吹いたところまた戻ってきたという。まるで意志のあるように。同時に詠んだ「人恋ふるかに雪婆寄りきたり」にも愛情たっぷりな視線が感じられた。
初写真稚もペットも余所見して萩原空木
初写真と聞けば真っ先に浮かぶイメージの言葉は、幸せ、家族愛、喜び、感動といった所だろうか。新年を迎えて初めて撮る家族写真は普段疎遠がちの親戚などに送られ現状報告とすることが多い。
この句の写真もペットも加わった一家の集合写真、ところがお目当ての肝心要の赤ちゃんとペットの動物がよそ見をしていた、と嘆いている。でも全体をみればこれも幸せ溢れる新年の目出度い写真である。
鳥の声失せていつしか雪催岡村實
昔、田舎に住んでいた少年時代にはこの句にある雪催という状況を日常茶飯事に経験していたが、都会暮らしが長くなるといつしか空を見上げて気象を予測することに疎くなり自然への関心の薄さに愕然とするのである。しかしこの作者は雪の降る前兆を聴覚と視覚で鋭く感知した。
全天が曇りだしやがて暗い雲が重く垂れこみ空気が身を切るように冷たくなるともうそれは雪催、そういえば鳴いていた鳥の声もすっかり途絶え不気味な無音の世界が雪の降るのを促しだしたようだ。
雪吊を水面に映し池締まる坂﨑茂る子
雪吊というと金沢の兼六園を思い出す。11月1日になると兼六園の雪吊が始まるのであるが、まず最初に手を付けられるのが園内随一の枝振り誇る「唐崎松」で芯柱からは約800本の縄が円錐状に吊るされ見事な雪吊が完成する。
句の雪吊も北国の本格的な雪吊であろう。幾何学模様の末広がりの縄が緊張感をもって美しく広がり、それが対称的に池に映る。これを見た作者は池までもが引き締まったと感じている。
兼六園には外国の観光客も大勢来園していたが、日本庭園の美の一端をみて歓声を上げていた。
障子貼り心明るくなりにけり宇山利子
障子を貼るのは大変だという人がいるが、私にはそう難しいこととは思えない。むしろ、その前段の古い障子を剝がし桟の糊後をきれいに取り除くことがことのほか面倒なのである。
あとは、貼る時の糊の薄さ加減がポイントだけで、意外と簡単にできる。この句がいうように貼り終えた気分はまさに「心が明るくなる」こと請け合い。特に霧を吹き終えて表面張力が効いた仕上がりは心が明るくなるだけでなく心が安らぐのである。
背に翼つけて幼の聖夜劇佐藤利明
クリスマスの傍題にあるのが聖夜劇。キリスト教系の学校や幼稚園ではその前夜にキリスト降誕にちなむ聖夜劇を演じる。幼い子供たちよりも親御さんの関心の的は我が子が何の役を演ずるかということ。この句の子供は翼を付けた天使役であったが、羊でも星の役でもそこは一生の思い出になれば何の役でもいい。
寒夕焼みるみる失せて終ひけり鈴木幾子
冬の夕焼け、ことに寒中のそれはたとえ一瞬であろうとも筆舌に尽くし難い壮絶な美しさがある。真っ赤に燃えた夕焼けはほんのひと時、あとは得も言われぬ水色にかわり瞬時に暗闇へと急ぐ。掲出句の中七から下五の表現にその見事な喪失感がよく出ている。
丸顔の子によく似合ふ冬帽子宮田充子
大体小さな子たちには男、女を問わず丸顔の子が多いのであるが、いわれてみると冬帽子は丸顔の子に似合うという観察眼は的を射ていると思う。母親手作りのニットのものであれば色はどんなものでも可愛らしいことは保証つきだ。
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