「雨読集」10月号 感想 児玉真知子
葭戸入れ母の仏間に風通す青木晴子
近頃は、夏になって障子や襖を取り外して入れ替える家は少なくなった。葭の細茎で編んではめこんだ葭戸は、風通しがよく目にも清々しく涼しさを感じる。日本独特の情緒を伝えている伝統文化である。
母上の仏間への心配りの優しさが素直に表現され、恙なく過ぎて行く日々のゆとりを感じさせてくれる。
闊歩五歩よろよろ百歩秋暑し飯牟礼恵美子 今年は立秋を過ぎても暑さは衰えず、例年より1か月以上も暑さは続き、やりきれない秋暑の倦怠感を表現している。
熱中症対策で外出もままならない中、いざ覚悟を決めて外へ、大股に胸を張って調子よく5歩、どうにか100歩を歩けた達成感の喜びが倦怠の気持より勝っていたのでしょう。作者は何事も全身で受け止める気概のある方のようである。
猫じやらし人通るたび尻尾ふる衛藤佳也
猫じゃらしは、空き地や道端などいたるところで見られる身近な野草。茎は細く、茎の先に10センチほどの緑色の花穂をつける。ふさふさした花穂の感触で猫をじゃらすのに用いたので、この名がついたと言われている。学校帰りに振り廻して遊んだ記憶が懐かしい。
掲句は全体に長い毛のような花穂を、猫の尻尾に見立て「人通るたび」の措辞が新鮮である。愛嬌をふりまく尻尾のほのぼのとした描写に魅力を感じる一句である。
夜濯の一摑みほど風の中大細正子
現代では、洗濯機が普及しても共働きの人や、昼間多忙な人が夜に洗濯をすることが日常的になった。また、昼の強い日差しを避けて夜の洗濯も珍しくなくなった。
この句の「一摑みほど」は作者の今夜の洗濯の量であり、朝には乾いているだろう具体的な描写が効いている。夜のうちに洗濯をする慌ただしい気分は今も変わらない。白靴や玄関少し華やぎて小池浩江 夏の季節は、白い物が眩しく爽やかで清々しくもある。最近のファッションは自由で実用的になり、夏冬関係なく合理的な軽いズックや靴が好まれている。衣替えと同時に靴を白に替えた若い頃の記憶が蘇る。様々な色の中で白靴は美しく浮き立ち、何か憧れを抱かせるような気がする。
玄関に置かれている白靴は、客人のか家族のか想像を掻き立てられる。「華やぎて」の気づきが素直で深まりのある句になっている。
梅干すや大小の笊ありつたけ菰田美佐子
梅干は、重石を載せて塩漬けにして2、3日すると梅酢が出てくる。昔から「三日三晩の土用干」と言われているように、梅雨明けの天気の良い日に、家中の笊に梅の実を一粒ずつ丹念に並べ干す。風通しが良く日当りの良い場所で日に一度裏返すとか、夜露に当てると梅の皮が柔らかくなるとか、主婦の細かい気配りが必要な作業である。
梅干の健康効果は大きく保存食品として重宝されている。家族の健康を考えながら、この時期の充実した日常の写生が生きている。
艶艶のサラブレッドや茄子の馬島村若子
「茄子の馬」は、お盆に亡くなった方の魂があの世とこの世を行き来するときの乗り物。茄子に苧殻の足をつけて馬に見立て魂棚に供える。この「茄子の馬」は、艶も見目も良く、芸術作品といわれるサラブレッドのようだと見惚れている。誰かの面影を思い浮かべているように、感慨深い句である。
炎天へドクターヘリ発つ島真昼山本松枝
新潟と佐渡を飛行するドクターヘリは、運航が始まってから今年で12年。新潟の総合病院のヘリポートから佐渡まで20分で結ばれ、広域活動が迅速に行われている。
この句は、作者がお住まいの佐渡から重症患者を乗せて飛び発つドクターヘリの一瞬を写生。かんかん照りの灼けつくような真昼の空へ、一目散に向かって行くドクターヘリを、心配そうに見送っている作者が浮かんでくる。このような医療機関の連携の中、現実の過酷さもずっしりと伝わって考えさせられる一句である。
軽やかに箸割る音や夏料理平向邦江
夏ならではの食材を用いた料理や、涼しさを強調した料理の総称が「夏料理」。具体的にどんな料理か分からないが、あれこれと想像が膨らむ。目の前に並んだ皿鉢は、見た目も涼しくガラス器はひんやりとして、盛り付けにも工夫が凝らされているであろう。木の香りのする杉箸でしょうか。夏料理を囲んでの楽しい心弾む気持ちが、視覚と聴覚から鮮明である。
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