「耕人集」 6月号 感想                          高井美智子

長閑けしや綾取りの亀飛行機に岡田清枝
 綾取りの亀が不思議な手の裁きで、またたく間に飛行機となった。日当りの良い縁側での穏やかひとときである。季語との取り合わせが秀逸である。

樹木医のたたく樹の音浅き春高村洋子
 真冬の厳しさを乗り越えた樹木を診察している樹木医である。たたいた音で樹木の健康状態を聞き分けている。古木を大切に見守っている思いが伝わってくる。

利休忌の朝松風に身を正す浅田哲朗
 利休は不本意な最期を迎えている。「松風に身を正す」の措辞から、利休に思いをよせておられることが窺える。

渡航から始まる家譜図海開き平良幹子
 一族の始祖の歴史が渡航から始まっていることが書かれている家譜図を読み解いている。生活に根ざした沖縄の「海開き」の奥深さを知らされた一句である。

面接へ春雷の中子は発ちぬ雨森廣光
 就職活動の面接に出かけようとすると「春雷」が轟いてきた。ひるむことなく面接会場へと発つ子。省略された見事な緊張感のある表現から、不安を抱えて見送っている作者の気持ちが伝わってくる。

絞りだす固き絵の具や浅き春村井洋子
 春先はまだ寒いので、チューブの絵の具が固まっている。暖かい時は滑らかに絵の具をパレットに絞り出していた。この違いに気づいた繊細な触覚が素晴らしい。日常的に絵を描いていることから生み出された句である。

しやぼん玉屋根に登りて吹いてみる宮島治
 野口雨情の童謡「しゃぼん玉」の歌詞のように、しゃぼん玉は屋根まで飛んで大方が消える。ならば屋根に登ってしゃぼん玉を吹いてみようという大胆な着想を思いついた。しゃぼん玉は、空高く飛んだことでしょう。

啓蟄や傘寿の新調スニーカー大久保明子
 傘寿を迎え、スニーカーを新調したお元気な方である。中七から下五まで快適なリズムの調べで詠われており、元気をもらえる。啓蟄の季語を使用した類想のない句である。

雛飾る若き日の母知らぬ子と山本由芙子
 幼子に母の若い頃の話をしてもわかろうはずもなく、日々の子育てに追われていた。子供と雛を飾っていると、自分の若い頃を思い出した。雛を飾るのは、女の歴史を繋ぐことでもあるようだ。

復元の進む宮址や風光る日浦景子
 奈良の大和三山に囲まれた藤原宮址は、礎石の柱等の復元が進んでいる。広々とした宮址には「風光る」の季語が相応しい。