「雨読集」10月号 感想                        児玉真知子  

断崖の真下は裾礁雨燕岩山有馬

 雨燕は大形の燕のように見えるが、翼が長く羽音をたてて飛翔する。海岸の絶壁で集団営巣する。この句は、雨燕が群れをなして飛ぶ絶壁の下には、サンゴ礁が育っている青い海が広がっている景である。高空をひらりひらりと飛び交う、爽快な動きを想像させる説得力のある一句。作者のお住まいの与論島では、よく見られる光景なのでしょう。

溶けさうな街洗ひゆく驟雨かな菊池留美子

 蒸し暑い午後、発達した積乱雲が降らせる局地性の雨。激しい雨となるが、一時間位でからりと上る。このどうしようもない暑い状態を「溶けさうな街」とゆたかに表現をしている。季語の「驟雨」が適切で、遭遇した一瞬が見事に捉えられている。

半農を継ぎし余生や土用照り久保木恒雄

 半農は、農業と他の仕事を両立させる働き方、自分で食べる食料は自給し、残りの時間を自分のやりたい仕事や興味のある事に費やす生き方を余生として作者は選択をしている。
 
土用照りは夏の最も暑い盛りの時期、農業を生業の一部とする方は、土用に日照りが続くことは、農家にとって豊作の兆しとされている。人生を乗り切って行く逞しさを感じる季語が効いている。

老鶯や補聴器に馴れ杖に馴れ佐藤さき子

  夏になっても鳴き続ける老鶯、晩夏になると鳴き止むが、茂りから清々しく力強くも聞こえてくる時もある。自身の生活を平明に詠み老鶯の声に励まされながらも、坦々と詠んでいる。老いを受けいれ、明るさのある句に仕上がっている。同時句に「余生とは意外に楽し返り花」があり、充実した人生を送られていると感じられる。

行き摩りの挨拶交はす秋日和斉藤文々

  空気が快く澄み渡り穏やかな晴天の日、秋日和は、身も心も清々しく何かしら嬉しい事の予感を感じさせる。誰彼に声をかけたくなるような、挨拶を交わした後の爽快な気分を一句にまとめ上げている。作者の明るさが滲み出ている。

穂の先に絹糸のごと稲の花野尻瑞枝

 稲の花は、八月頃白い目立たない小花を多数つけるが、午前中の数時間で終わってしまう。緑色の籾が開くと絹糸のような先の雄蕊が外に伸びて花粉を飛ばし籾の中の雌蕊に届いて風により受粉する。一斉に花を付ける光景は、実りを予感させる。
 
丁寧な観察で、中七の「絹糸のごと」の措辞が的確に表現されている。開花時間の短い稲の花に興味を覚えた。

廃線の錆びつくにほひ極暑なる林あきの

 鉄道の廃線跡は全国の至る所に存在する。北海道など過疎化が進んで廃線路になった多くは、訪れるのは難しいが、最近は観光施設として活用され、自然の景観を楽しむハイキングコースにもなっている。
 
掲句は、旅先での景でしょうか。今年は特に暑さの厳しさが身に堪えました。廃線路のレールが途中で途切れ、独特な錆のにおいは昔の思い出がよみがえり郷愁を誘う一句。季語の取合せがうまい。

刀匠が焼入れに引く山清水中谷恵美子

 刀鍛冶の仕事は、実際には見た事がないが、平明で印象深い句である。刀剣制作の技術は、平安時代から受け継がれている伝統工芸である。高温の鉄を打ち延ばして、何度も折り返して鍛錬する。焼入れの工程で急冷の媒体として「山清水」を用いることで日本刀独特の硬い刃ができる。清らかな特定の山清水を用いるのは神聖で、先人達の技術や経験を継承していくためだと思う。汗を流しながら、懸命に焼入れをしている刀匠の矜持が伝わってくる。

炎昼や塩をきかせて握り飯横山澄子

 焼け付くような暑い昼が今年は多かった。さすがに食欲も少し落ちた気がする。最近は米の大切さを感じている。去年の夏頃から米が高騰し、猛暑などの不作や減反政策などの付けが重なり、店頭から米が消えて「令和の米騒動」と言われた。需要と供給、在庫の面からも大きな問題となり、備蓄米の放出により一時的にしのいだ。古米、古古米と味わう機会もあり、いかに米が美味しいか、万能な主食としてつくづく納得する機会でもあった。炎昼では、塩の効いた握り飯が殊のほか旨い。