「雨読集」12月号 感想 児玉真知子
丸き背伸ばす嫗の処暑の朝岩永節子
「処暑」は暑さが収まるという意味。8月23日頃か。まだ残暑は厳しいが、ようやく秋を感じられるような朝夕もある。
この句は作者ご自身でしょうか。厳しい夏の暑さが収まり、少しずつ秋の気配が漂ってきているこの日、暑さからの解放感もあり、すっきりとした気合が感じられ、力が湧いてくるような句である。
葡萄もみぢ風にからまり音乾く衛藤佳也
葡萄の葉が紅葉することで、秋の深まりとともに収穫後の葡萄畑を赤や黄、茶色に彩る景色は壮観で鮮やか。晩秋の風物詩である。
広大な畑に葡萄紅葉が風に翻っている様子を写生、その時の音も的確に表現されている。
庭に向く玻璃戸磨くや獺祭忌黒田幸子
「獺祭忌」とは、近代俳句の改革者である正岡子規の忌日であり、子規が自らの書斎を指して称した「獺祭書屋主人」という号に由来する。子規が多くの書物を広げて思索する姿を、獺の獲物を並べる様子に重ねている。
子規が晩年を過ごした根岸の子規庵を思い出させる。子規の部屋から、玻璃戸を通して庭の四季の草花を病床で眺めたのであろう。在りし日の子規を彷彿とさせ、平明で客観的に偲ぶ思いが感じられる。
寝転べば浄土の気分大花野小島利子
美しい秋草が咲き乱れた広大な野原が大花野。秋の豊かな自然の中に身を任せて寝転んでみると、一切の苦しみや煩悩から解放され喜びと安らぎに満ちた穏やかな心境になる。
まさに極楽浄土の世界観であり、豊かな幸せを体感している作者である。
開拓の碑へ押し寄する稲穂波島村真子
開拓の碑は、大戦後の食料増産と引揚者、復員兵、戦災者のため国家的規模で行われた農地開発事業である。厳しい生活の中で多くの困難を伴いながら開拓に 関わった人々を顕彰し、その功績を後世に伝えるために建立された記念碑。戦争の歴史や地域の歴史を語りつぐ文化財である。吟行でよく見かけたりする。
どっしりとした碑の近くまで、田圃が広がっている景は、稔りの季節を迎えた黄金色の稲穂を丁寧に描写。眼前に稲穂が風で波立つように寄せてくる光景は、躍 動感に溢れ、先人達の姿が偲ばれる。
柘榴裂け夕日の色をこぼしけり高橋喜子
柘榴は熟すと裂けて、鮮やかな赤い顆粒をこぼす。顆粒は非常に甘く美味しい。この句の眼目は、中七の「夕日の色」の描写である。
独自の見方で、上手く秋の情景を言い得ている。何か気づかされる句である。
鈴虫の小節にしばし聞き惚るる仲川康子
鈴虫は、鳴き声もリーンリーンと鈴を振るように澄んだ声で鳴く。「鈴虫の小節」とは、鈴虫が鳴く様子を指す事らしい。その音の連なりやリズムを小節として表現している。鈴虫は種類も多く一番馴染のある鳴き声に、暫し時を忘れさせてくれる。身近な素材を素直に句にしている。
添水鳴る余韻楽しむ間合ひかな原精一
竹筒に溜まった水の重さでカタンと音がでるようにした装置が添水。田畑を荒らす鳥獣を追い払うための装置だったが、近年は庭園の装飾として見かける。空気の澄んだ晴れた日には、特に添水の音が響き渡る。竹筒に次の水が溜まるまで音の風情を感じる句である。作者のように、添水の音を楽しめる人生を過ごしたいと思う。
葛紅葉空き家の茶室覆ひけり結城トミ子
昔からある大きな家も、今は住む人もいないらしい。日を受けて色づく葛紅葉が、風に翻り白い葉裏が見え隠れしている。かつては賑わっていた茶室も、葛紅葉に覆われてしまい俗世間とかけ離れた別世界の狭い空間に、客をもてなす精神は継がれている。廃れていく寂しさと複雑な心境の中に、時代の流れを感じさせる写生句である。
行間に眠気のひそむ夜長かな布谷洋子
秋が深まり、夜が長くなったと感じる頃の情景である。昼夜の時間差は、夜がもっとも長いのは冬至である。文章を書いて、行間を埋めるために、あれこれと思案する時の状態を「眠気のひそむ」の措辞により印象深い句に仕上げている。夜長の季語が効果的である。
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