「晴耕集」9月号 感想 柚口満
羅や贔屓迎へる役者妻堀井より子
役者の妻を詠んだ一句である。おそらく役者というのは歌舞伎の役者さんだろうと、推測する。
掲句は歌舞伎座などの楽屋やロビーなどで垣間見る光景である。日頃お世話になる贔屓筋は役者にとって何が何でも一番大切なもの、その接待役に回るのが役者の奥様なのである。
盛夏のさなか、絽や紗などの単衣の和服に身を包み丁重に挨拶を交わすのも大変なことだが役者の妻としての縁の下のご苦労でもある。珍しい場での羅を詠んだ一句である。
金山への径を案内の小判草池野よしえ
今年7月、世界遺産委員会は「佐渡島の金山」を世界文化遺産として登録することを決定した。市民団体が地道な誘致活動を続けて27年、世界遺産にふさわしいと認められたのだ。作者は佐渡在住であるから喜びも一入だったに違いない。
その誇りに思う金山を案内する小道に咲くのが小判草とはまづもってお目出度い。前書きに「世界遺産登録決定」と入れれば立派なお祝い句になる。
たかぶりて囮の鮎の瀬走りす小野誠一
鮎という魚が私は大好きである。少年時代を過ごした近江では初夏から初秋まで琵琶湖に流れ込む野洲川で鮎釣りに興じたものである。漁法は掲句にあるように囮の鮎を用いた友釣りであった。
この句の見所は下五に「瀬走り」という表現を使い類想を脱皮し、しかも友釣りの迫力を余すところなく描写したところであろう。釣糸の先の仕掛けに付けられた活きのいい囮の鮎が浅い瀬から本流に入る動きの描写が秀逸である。
教室の声に育つよ鉢トマト高井美智子
家庭菜園で植えられるもので人気のあるのがトマトと聞いたことがある。それとは少し趣が違うがこの句は教室で育つトマトを一句に仕立てあげた。多分小学校の教室で教材用に栽培しているものか。
苗を植えることから始め、6月頃に黄色い花が咲き、落花とともに実がなり真っ赤なトマトになる。その間、当番のものが天日に出したり、給水を行う等々大切に育て上げたことが伺われる。上五から中七の描写が事でトマトも一緒に勉強に参加していたと思うと益々愉快な作品である。
囚人の拓きし大地麦の秋伊藤洋
作者は北海道・石狩にお住まいである。この句のような大地があることは歴史的に見ても在るだろうことは想像していたが一句に詠まれてみるとまた違った感慨が湧きおこってくる。
囚人(めしうど)といえば北海道ではすぐに網走を連想してしまうが他にもこうした人たちが開墾した貴重な大地があるのだろう。
いま地平線が見えるような大地は麦が黄熟して満目の黄金の地が拡がる。罪人の罪滅ぼしの作業に思いを致す作者である。
剝ぎ取れる汗の野良着の重きかな大塚禎子
作者の大塚禎子さんはこの度第一句集『花蜜柑』を上梓され春耕の九月号で特集が組まれことは記憶に新しい。今月号の6句も身辺の農作業を丹念に掬いあげ佳句が並んでいるがこの句もそのひとつである。真夏の野良仕事を終えたご苦労が偲ばれる作品で、剝ぐように汗の野良着を脱ぐ様子に、その重労働の大変さが伝わってくる。「植田澄む今日一日は何もせず」にも説得感を覚えた。
飛び込んで泳いで夏蒲団の海田中里香
夏向きの掛け蒲団、最近はテレビの通販などで軽くて涼しい羽毛のものが大仰に宣伝されている。
掲句は本来の夏蒲団の本意を斜めから詠んだ面白い一句である。夏蒲団を海にたとえ戯れる子供たちの行動が微笑ましい。大仰に飛び込み、バタバタと泳ぎ回る姿、これが普通の厚手の蒲団ではこうも動けない。
釣りに行く先づは堆肥の蚯蚓掘り坂口富康
現代の釣りは疑似餌全盛時代できらびやかな金属製のものがはびこっている。我々子供の頃の釣りの餌はこの句にあるように蚯蚓がほとんどであった。釣る魚の種類にもよるが適度の太さを探し出すのがコツである。今の子供達は蚯蚓を触ることもできないのでは、ましてや手で千切ったりすることは。
小さき尻ふるはせ蟬のかく響く仲間文子
日頃、気になっていることを一句に詠んでいて、読む人に共感を与える作品である。あの小さな蟬の鳴く声はどうして大きくてここまで届くのだろう。その根源はあの小さな尻を震わせるからだ、と説く。私も蟬や秋の虫の声がどうして生まれるかわからない。人は翅を擦り合わせるからというのだが、わからない。
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