「耕人集」 8月号 感想 髙井美智子
せせらぎを伴奏にして河鹿笛北原昌子
掲句の上五から中七の「せせらぎを伴奏にして」の作者独自の聴覚の捉え方が素晴らしい。「伴奏にして」の措辞が意外性のある発想である。一句の中に音と音を読み込むと成功しない場合が多いが、この句は河鹿笛を一層引き立てることとなった。
同時作に聴覚の感受性を発揮させた「雨音と紛ふ夏蚕の給餌時」がある。
ばつさりとショートカットや夏に入る船越嘉代子
長い髪を思い切りばっさりと切り、それも素敵なショートカットに仕上がり満足している様子が窺える。歯切れの良い調べに仕上がった句であり、清々しい気持ちにさせてくれる。首元も爽やかになり、夏を思い切り楽しもうと準備万端である。
今年は猛烈な暑さだったので、きっと暑さ対策の一つとしてショートカットは大層役だったにちがいない。
ほたる火のかな文字のごと乱れ飛ぶ小林美智子
風の無い静かな闇でゆっくりと蛍火を追っていた作者。蛍火は時には素早く飛び又弾き合うこともある。又闇の中を短く描いては消える。その火が「かな文字」のごとく浮かび上がったのである。例えば「し」「く」「り」「の」等のかな文字を草書で書いたような光が、次々と流れ飛んできたのだ。闇の中で独特の視覚が働き、光がかな文字に見えたという写生の域を一歩踏み込んだ句である。
なんと情緒に溢れた表現であろうかと感服する。
ありさうななささうな道草茂る竹越登志
「ありさうななささうな道」の措辞のかな文字ばかりを連ねた十文字が自ずと不確かな道の有様を表現している。藪や山畑等へ通じる道は細い。確かここに道があったはずなのだが、草が茂り道が見えなくなってしまった。高齢化が進み休め畑になると通う人も無く、あっという間に道は蔓や草に覆い尽くされ、通れなくなってしまう。
茂った草が立ち塞がる道を眼前にして、先に進まんと試みる作者は、お元気でちょっぴり冒険家であるようだ。
白雲を代田にうつし伊勢路かな齊藤俊夫
伊勢路は伊勢神宮と熊野三山を結び、「伊勢へ七度、熊野へ三度」と呼ばれた信仰の路で大方は厳しい山路である。
下五の「伊勢路」の措辞により、白倉山の南西斜面を耕作した丸山千枚田を想像できる。日本一とも言われるこの棚田を天辺から見下ろすと、この千枚田の代田に移った白雲を眺めることができたのだ。白雲は格別に神々しくうつっていたことであろう。日本の里山の風景は人の手が加わっているからこそ美しいという言葉を聞いたことがある。
春耕同人の萩原空木氏著の『熊野古道をゆく』「伊勢路とその周辺」は、伊勢路を長年かけて歩いた渾身の紀行文であり、俳句やカラー写真も掲載されており伊勢路が手に取るようにわかる。
代搔を終へて安堵の煙草盆山本由芙子
煙草盆には火入れや灰落としなどがセットされており、昔は愛煙家が大いに重宝した。愛用の煙草盆を今も使っている愛煙家を描いた微笑ましい句である。
先祖代々の田の代掻を矍鑠として仕切っていたのであろう。仕上げの畦塗り等は、手慣れた長老が丁寧に仕上げていく。大仕事を終えて安堵した時の煙草の一服は格別だったことであろう。
短夜や自問自答のきりもなし桑島三枝子
今年は熱帯夜で寝苦しい日々が続いた。長引く新型コロナウイルスの感染の広がりの影響で人に会う機会も少なくなった。
このような日々が続くと考え込むことも増えてくる。作者はある事にきりもなく自問自答をしている。明け方の新聞配達員の音も聞こえたかもしれない。
上五の「短夜」の季語がとても良く響き合っている。
叢の葉先から飛ぶ天道虫与儀忠勝
童心にかえり叢の天道虫をゆっくりと観察していた作者。葉の上を這っていた小さな天道虫が、突然葉先から反動をつけて空へと飛び立った。この飛び立つ貴重な瞬間を捉え、活写した即物具象の一句である。野原に心を遊ばしている作者の姿が髣髴としてくる。
青葉風試歩の大地を踏みしめる完戸澄子
長い闘病生活からやっと退院されて、青葉風の中を試すように歩き始めた作者。病院生活から解放された喜びの一歩は、土の感触を敏感に感じ取っている。「大地を踏みしめる」の表現がその感激を言い当てている。少し大げさとも思える措辞であるが、喜びの実感が素直に伝わってくる。
困難に負けない作者の前向きな姿勢を賞賛したい。
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