「耕人集」 2月号 感想                          高井美智子 

上げ底の燗酒に酔ふ齢かな斉藤文々

 鉄瓶の湯に温めた徳利で、酒をぐい呑みに満たし酌み交わしている。この徳利が上げ底であることに注目し、俳諧味に満ちた句となった。居酒屋のメニューでは「1合」とあるのに、どうも「8勺」くらいかと思う量である。上げ底と気づきながらも気持ち良く酔っている。このだまし合いの人の営みをそれとなく楽しく詠った句で微笑ましい。

冬麗置き薬屋の話好き岡本利惠子

 置き薬屋の発祥は江戸時代に富山ではじまり300年の歴史があり、薬箱を自宅や事務所に置き、次回の訪問時に使用分を清算する。置き薬屋は話好きなようだ。巡ってきた各地の様々な出来事を手土産に訪問しているのだろう

ゲゲゲ忌や木の葉雨降る深大寺中嶋正樹

 漫画家の水木しげるは、調布の深大寺近くがお住いであった。『ゲゲゲの鬼太郎』の漫画作品は、1965年から数多く発表された。調布市では、命日の11月30日を「ゲゲゲ忌」として、水木しげるゆかりの地を巡るイベント等が開催される。武蔵野の面影が残る深大寺の大樹を「木の葉雨降る」と表現したことにより、林の林の暗闇に妖怪が潜んでいるように思える。

冬怒濤獅子の歯のごと迫り来る安武豊

 打ち寄せてくる冬の怒濤は、強風と極寒の中つぎつぎと荒々しい高波が押し寄せてくる。これを「獅子の歯のごと」とユニークな表現を得るところまで、観察した粘り強さが素晴らしい。

鳶の舞ふ海にむかひて大根干す太楽登美子

 神奈川県の三浦海岸沿いの砂浜に干し場を組み、海に向って大根を並べ干していると、海の空を鳶が高く舞ってきた。厳しい海風を受けながらのこの作業は重労働であるが、自然の恵みに感謝し、海から力をもらい元気潑剌と大根を干している光景が髣髴としてくる。

むつつりと河馬睦み合ふ小春空木原洋子

 小春日の動物園で、のっそりと仲良く寄り添って歩く河馬が、大きな顔と大きな顎で、重そうに俯いて歩いている。なるほど「むつつり」としているように見える。

化野は風の遊び場秋深む          鳥羽サチイ

 化野は、京都の嵯峨野の奥にある。化野念仏寺の境内には約8,000の無縁仏を祀る石仏がある。この石仏に吹く風を「風の遊び場」と優しい表現をしたことで、無縁仏が救われ、「秋深む」の季語が化野の寂しさを醸し出している。

子規庵の茶の花清し昨夜の雨        金澤八寿子

 明治27年子規は東京根岸に移り、子規庵を病室兼書斎とし、多くの友人や門弟に支えられながら俳句の革新に邁進した。中七の「茶の花清し」は子規の生き様をも連想させられる。「昨夜の雨」によって白い茶の花がいっそう清らかにみえたことだろう。