鑑賞「現代の俳句」 (53) 田中里香
集まれの鳥語だらうか夏木立寺内由美〔好日〕
[俳句界2025年6月号より]
今年1月に『僕には鳥の言葉がわかる』(鈴木俊貴著)という本が出版された。四十雀が単語を組み合わせて文を作っていることを、世界で初めて解明した研究者の著作ということで話題になった。
葉が青々と茂る木々の間で鳥たちが騒がしく鳴き交わしている。作者はその中でひと際甲高く鳴く声を聞き留めたのか、リーダーがみんなに「集まれー」と言ったように思えた。
先述の本の感想で養老孟司氏は、「物事を楽しんでやっている人には敵わない。」と述べている。俳人も、自然や日々の事象を楽しみ、あらゆることを面白がって見ていると、言葉を授かるかもしれない。
因みに、鈴木氏によると四十雀には実際に「集まれ」という「ヂヂヂヂ」という鳥語があるとのこと。
時薬のゆるき効能七変化関妙子〔沖〕
[俳句界2025年6月号より]
時薬とは、時間の経過によって心の傷が癒されるという意味の言葉。誰しも多少なりとも経験があると思う。例えば、どこにもぶつけられず抑え込んだ怒りや苦しさ、悲しさが時間とともに和らぐ。家族を失った悲しみでさえ、時が経つにつれて少しずつ薄らいでいく。つまり、どうしようもない感情には時間だけが薬であるということ。だがこの薬、いつ効いてくるかわからない。ゆっくりと痛みが消えていくのを待つしかない。ここに持ってくるべき季語はやはり紫陽花ではなく七変化であろう。
紫陽花は淡い黄緑色で咲き始め、それが青や赤みを帯びた色に変化し、やがて緑色で終わるので七変化という名がある。人間の感情も紫陽花も時間とともにゆっくりと変化していく。
たかんなの昨日の丈を忘れけり福神規子〔雛〕
[俳壇2025年6月号より]
筍の成長は驚くほど速い。早春に地温五度を超えると地中で肥大し始め、地温10度に近づくと地表に顔を出し始めるらしい。10日目頃からは1日で数10センチから時には1メートルも伸びる。昨日見た筍が、今日は見違えるほど大きくなっている。初夏の竹林に入ると、30センチぐらいのものや1メートルぐらいあるもの、既に大人の仲間入りをしたような丈だがまだ皮溝のこと。周濠に佇む青鷺を見た時には、まさに悠久の時の流れを感じるのかもしれない。が付いたままのものなど様々な筍が生えている。
筍の成長が速いことはよく知られているが、その驚きを表している俳句は案外見当たらない。それが直接的ではなくさらりと中七下五に表現され、読み手に確実に伝わる。
揚雲雀そこより上を天といふ村上喜代子〔いには〕
[俳句2025年6月号より]
雄の雲雀は、繫殖期になると縄張りを示すために鳴きながら空高く上がって行く。100メートル上空まで行くらしく、見ていると眩しさに見失ってしまうほどだ。しばらくするとその雲雀は声もなくまっすぐに落ちてくるのだが、掲句の表現力によって、雲雀がどれ程高く上がって行くのかが、見たことのない人にも伝わる。
見たままを自分の言葉で表現し、それが誰にでも伝わる。その他余分なものは何も無い。作句する上で目指すべき「天」ではないだろうか。
千年を佇つ周濠の青鷺は桐野晃〔門〕
[俳句2025年6月号より]
青鷺は日本の鷺の中で最も大きく、冠羽があり河岸や田、湿地などにじっと立つ姿が美しく印象的である。餌を得るためではあるが、気配を消しているのか長い時間動かず水を見つめている。それを見ているこちらも、いつ動くかとじっと見てしまう。
周濠とは古墳などの遺構の周囲にめぐらされた濠や溝のこと。周濠に佇む青鷺を見た時には、まさに悠久の時の流れを感じるのかもしれない。
気休めの薬一錠春の風邪伊藤瓔子〔ひいらぎ〕
[俳句四季2025年6月号より]
冬の間は流行性の風邪などに気を付けていたが、春になって温かさに気が緩みうっかり風邪をひいてしまうことがある。軽んじていると意外に長引く。引き込んでしまうと薬も効果は期待できないが、飲まないよりはましかと一応飲んでみたというのである。
日常の中にも俳句の種は有り、共感を得られやすい。漫然と過ごしていることを反省。
反対の車窓に海やレモン水内野義悠〔炎環〕
[俳句四季2025年6月号より]
列車の座席には主に3種類ある。進行方向に向かって座るクロスシートと向かい合って座るボックスシート。もう一つは窓を背にして横並びに座るロングシート。この句の場合は後者と考える。ロングシートの反対側の車窓ということは、真正面に海が見えているということ。
レモン水という季語が全てを物語ってくれる。真正面に海を眺めながら、小さな旅気分。手には冷たいレモン水。夏の海はきらきらと眩しく輝き、水滴を帯びたボトルの中のレモン水も光る。爽快感が伝わってくる。
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