鑑賞「現代の俳句」 (54) 望月澄子
佃煮はみな湖のもの入彼岸加古宗也〔若竹〕
[俳句四季 2025年 7月号より]
「湖北・渡岸寺菅浦」と題した連作の一句。琵琶湖には約五十種の魚が棲息し、固有種の魚や貝もいる。まさに湖魚の宝庫だ。船から上がった獲れたての魚や貝で作った佃煮は、名産品の一つである。春なら、若鮎、諸子、公魚、小海老、大和蜆あたりだろう。彼岸に遠方から身内も訪れるので珍しい佃煮を揃えたのだ。
嘗て私が大津の湖畔を朝歩いていた時、釣りをしている人がいた。聞けばブラックバスの駆除をしているそうで、バケツに何匹か入っていた。これらの外来種が撲滅され、魚介類がいつまでも豊かに棲息する湖であって欲しいものだ。
堰き止めし石を繕ふ水遊び染谷秀雄〔秀〕
[俳壇 2025年 7月号より]
川の流れの一角を石で囲って水遊びをしている。幼い子ならプラスチックの玩具を浮かべたり水の掛け合いっこ、年嵩の子なら笹舟を走らせたり川で獲った魚や蟹を放したりしているのだろう。周りの石が流れたり外れたりすると、またそこへ別の石をあてがう。それも遊びのうちだが「繕ふ」というやや大袈裟な措辞が面白い。この一語により、水遊びをする領域が、子供達にとっては一国一城の陣地のように感じられる。
花衣形見のやうに畳みけり野中亮介〔花鶏〕
[俳句界 2025年 7月号より]
ご夫婦で花見に行かれたのだろうか。妻の花衣は美しい色合いの着物だろう。「形見のやうに」が眼目で、桜を愛でて満ち足りた一日を思いながら、丁寧に畳んでいる。これ迄もそうであったように、毎年桜の季節に装う大切で特別な一枚なのだろう。
緑蔭に眠る行者の蹠見ゆ桐山太志〔鷹〕
[俳壇 2025年 7月号より]
私は、火渡りやお水送りなどの行事や霊山で行者を見かけたが、まだ木陰で眠る姿に出合ったことはない。
山の奥深い所で荒行をしている途中なのだろうか。緑蔭で草鞋や地下足袋を脱いで眠っている。相当歩き疲れているのだろう。私も外出から戻り素足になると、自然に足の指が広がり寛げる。行者は涼風の中での休息により、再び修行に励む活力が得られる。「蹠見ゆ」とあっさり表現しているのも頷ける。
海霧深し爪弾くのみの辻楽士村上喜代子〔いには〕
[俳壇 2025年 7月号より]
ヨーロッパの街角では、辻楽士がアコーディオンやバイオリンなどを奏で、足を止めて聴き入る人もいる。
掲句はそのような賑やかな街角ではなく、少しさびれた港町が想像される。あたりを白く海霧が立ち込め、哀愁のこもった旋律が響く。幻想的で静寂な世界だ。辻楽士は歌わずに、爪弾くだけで印象深く聴き手の心をとらえている。まるで洋画の一シーンのようだ。
止まりては尾びれひろがる金魚かな松田晴貴〔秋草〕
[俳句界 2025年 7月号より]
作者は二十代で句歴も短いようだが、六句すべて金魚を詠んでいて、写生の目が確かだと思う。金魚が泳ぐのを止めた一瞬、尾びれが広がるのも発見だろう。同時作に「胸びれをすつて金魚のすれちがふ」があり、金魚鉢を飽きずに見つめている作者の姿が目に浮かぶ。
家業継ぐ腕ためさるる花火かな荻原都美子〔石蕗・天為〕
[俳句 2025年 7月号より]
夏の夜空をいろどる花火。どーんと上がって、ぱっと開くとさっと消える。この数分の美しさを演出する為に、花火師は日々努力をしている。まして自らの意志で花火師の家業を継いで、技術を磨いてきたのだ。お披露目の大会ともなれば、観客以上に息を詰めて、打ち上げた花火を見守っただろう。
ぽつかりと箱庭の人消えてをり山口昭夫〔秋草〕
[俳句 2025年 7月号より]
何とも不思議な句だ。箱庭は、箱や鉢に土や砂を盛り、庭園などを模して、小さな自然を見て楽しむものである。その箱庭に置かれていた人物が、今日は忽然と消えている。一体誰が何のために取りさったのか分からない。
小児医療では、底面が水色で平らに砂を敷き詰めた箱を与えて、自由に自然を作ってもらうことがある。出来上がった景色から、子供の心理を推し量るもので、箱庭療法と呼ばれる。掲句は「ぽつかりと」に空間の広さが感じられ、どことなく喪失感が漂う。
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