鑑賞「現代の俳句」 (55) 倉林美保
目隠しをすれば逃げ出す西瓜かな市堀玉宗〔枻・栴檀〕
[俳句2025年8月号より]
夏の庭先や浜辺での西瓜割りの場面が直ぐに想像された。西瓜割りの遊び方にはいろいろあると思われるが、よく遊んだ方法は、目隠しをした人を何回か回してから、行う方法が多かったと思う。掲句は視界を遮られたために感覚が狂ってしまい棒を持って西瓜を探すが、空間の把握が曖昧になり、あたかも西瓜が意志を持って逃げたように感じられたのだ。このことを擬人化して「逃げ出す西瓜」とユーモラスに捉えている。周囲の囃し立てている声や笑い声までも聞こえてきそうだ。
一対にして不揃ひの袋角しなだしん〔青山〕
[俳句2025年8月号より]
袋角は鹿や他の偶蹄類の雄が春から夏にかけて生やす新しい角を指す。この成長中の角に栄養が送られていて、光の加減で赤みがかった色に見えたり、透けて脈打っているように見える。
この句の眼目は「一対にして不揃ひ」と不完全さを捉えた洞察力にある。自然界には左右対称の物は存在しないと言われており、生命の不思議さを感じる。袋角は成長過程の角、その均整を欠いた姿に自然への畏敬と美を感じたのだった。
夫の額打ちて秋の蚊墜としけり 星野輝子〔谺〕
[俳句界2025年8月号より]
額を打つ行為は遠慮のなさと親しみが無ければなかなか難しい。親しき仲にも礼儀ありとは言われているが、掲句の場面ではそんな悠長なことは言っていられなかった。
新聞を読んでいる夫の額に蚊が止まった、反射的に手が夫の額を打って見事に蚊を仕留めた。打たれた夫は妻の行動に驚きもせず、何事もなかったように新聞を読み続けている。何とも平和な家庭の一場面である。
朴の花ひとひらづつが風の舟神谷由希〔朴の花〕
[俳壇2025年8月号より]
朴の木は樹高があるので、花が咲いてもなかなか気づかない。しかし、九弁の朴の花びらは散る時には、朴散華と言われるほど見事である。その散る様子を掲句は風が花びらの小舟を使って空の海を滑空している様に捉えている。舟は旅の象徴「ひとひらづつが風の
舟」の措辞は作者の感受性の鋭さを表している。舟が何処にどのように着くのか風のみが知る。ロマンのある句となった。
上流も下流も虚ろ天の川緑川美世子〔星時計〕
[俳句四季2025年8月号より]
天の川は一年中空にかかっているが、晩夏から秋の夜空に見えるのが一番美しいとされている。
子供の頃には天の川は手に届くくらいはっきり見えた思い出がある。今や都会では光が多く空を見上げても天の川を確認することは困難になってきている。
この句は天の川を見上げた時の発見と不思議さを表現している。「虚ろ」と言う言葉でどこが始まりでどこが終わりなのか、人知の及ばない自然の壮大さを目の当りに自問自答している。
金気水貼り付いてゐる旱かな小原芙美子〔風土〕
[俳句界2025年8月号より]
「金気水」とは水の中に溶け込んでいる鉄分のこと。このところの異常気象で、錆びた赤茶色や銀色などの光沢をもって干上がった田んぼや、よどんだ川を見かける機会が多くなった。掲句はまさにそのような場面に遭遇したのだ。この自然の異常さに、何も起こらなければ良いのだがという見えない不安を感じている。
秋立てり紙のうすさのまなぶたに早田駒斗〔蒼海〕
[俳句四季2025年8月号より]
暦の上で秋が始まったことを告げている。
秋に入り肌に秋の気配を感じた感覚を、「紙のうすさのまなぶた」と捉えたところに作者の感覚の鋭さが窺える。「まなぶた」が紙のように薄く感じられたのである。
紙には軽さや冷たさを想像させる働きがある。研ぎ澄まされた自身の「まなぶた」で季節の微妙な変化を感じ取った感覚は、類想のない繊細な表現になった。
葛籠屋に漆の匂ふ薄暑かな影山十二香〔知音〕
[俳壇2025年8月号より]
葛籠(つづら)は日本では古くから使われてきた収納具の一つで、主に葛、藤の蔓や竹などの植物素材を使って編んで作る。仕上げに漆を塗ることにより、耐久性や美しさを高め、長く使えるよう工夫されている。
日本の様な高温多湿の気候には適度に湿気を除いてくれる優れた素材として古くから重宝された。
掲句は、偶然通りがかった葛籠屋の仕事場から漆の匂いがして来た。初夏の湿気を帯びた空気が漆の匂いと雑じり合い一層「薄暑」を感じさせたのである
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