はいかい万華鏡(19)
─寛政の改革と二十四文の遊女小屋 ─
蟇目良雨
私が入学したのは早稲田大学理工学部電気工学科というところで、将来電力会社や重電機メーカーに入る技術者を養成する学部であった。電電公社(NTT)や日本電気のような通信・弱電に進む学生の為には別に通信学科があった。
電気工学科の校舎は15号館といって早稲田キャンパスの北側に位置し2階建て木造で日陰にあったが何とも趣があった。校舎を出た北側に安部球場があり甘泉園があった。1・2年生は教養が主で体育の授業もありテニスを選んだがテニスコートは甘泉園の近くにあった。
第2外国語にドイツ語を選択した。このドイツ語はすぐ効果を発揮した。というのもクラブ活動に混声合唱団を選んだところ2年生の時に大学創立80周年記念に際し、小澤征爾指揮で「合唱付き第九」を上野の文化会館で開催することになり私は合唱のバリトンを担当することになったからだ。ドイツ語の発音は巻舌、とウーウムラウトをマスターすれば何とか様になる。
理工学部は実験や授業もしっかりこなさないと進級できないので合唱団の練習に参加するのは時間のやりくりが大変であった。15号館で100万ボルトの高圧放電の授業を終えてから、西早稲田にあるヘレンケラー協会の稽古場まで夕闇の道を幾度通ったことか。合唱団の仲間は高校時代に既に経験していたものが多く、私はオタマジャクシ(音符)を初めて読むことになったのだから大変は大変であった。乗り越えられたのは若さの力のお陰という他にない。昭和37年、38年のことである。
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寛政の改革と二十四文の遊女小屋
木枯や二十四文の遊女小屋 一茶
の句が一茶の江戸滞在時代の作品として知られている。江戸に居て苦労を重ねた一茶が、時に慰めに使ったものとして鑑賞されてきた。24文の価値は当時蕎麦一枚の値段だったので、多くの人は「一茶は随分安い遊女を相手にしていた」のだな位の解釈しかしてこなかったのではないだろうか。
今、放映中のNHK大河ドラマ「べらぼう」(森下佳子脚本)で田沼意次から権力を奪った松平定信が行った寛政の改革は、緊縮・節約を分け隔てなく行ったことが細かくリアルに描かれている。大名も然り、大奥の女性も従わざるを得ない厳しい内容であり、贅沢・華美を悪ととらえたために個人消費は激減し経済は収縮を極めた。遊びを取り締まる過程で三つ又(中洲)での岡場所が禁止された為に女性は生きるために24文で体を売らざるを得なくなったことが克明に描かれている。
定信の寛政の改革は1787 年から1793 年にかけて行われ、この時代は正に一茶の30代、40代の血気盛んな時代に当たる。
ドラマでは歌麿の妻になる元洗濯女きよが、そんな貧しい境遇にあったために、着物に隠された足に梅毒の進行がちらりと見えるようになる。職のない貧しい女がどんどん追い詰められて哀しい道を選ぶしかない政治の非道さをドラマは描きたかったのだと思うし、一茶も寛政の改革に追い詰められた女性の現実を俳句で記録したかったのではないかと思うようになった。
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