はいかい万華鏡(2)
─ 『東京都同情塔』に学ぶ ─
                                             蟇目良雨 

 私の東松山時代のことにもう少し触れたい。物心がついた終戦後、駅前にゆくと木炭バスが白煙をたてて停車し、牛車、馬車が行き来していて町は糞だらけ。駅に隣接する通運会社のホームに山積みにされた米俵に登ったり隙間に入り込んだりして遊んだ。夕暮になると西空に富士山がくっきりと美しく見えた。家から歩いて百穴や都幾川に行ける。ここで蜆を取り、田んぼに行き田螺を取って茹でておかずの足しにした。丸い卓袱台を囲んでの楽しい団欒があった。町には二つの沼があり鰻取のおじさんが沼に潜り土手の穴に潜む鰻を取り、沼から落ち込むせせらぎに蛍が湧いて姉たちと取って蚊帳の中に放って楽しんだ。貧しいながら楽しい我が家であった。
 2歳の頃小児麻痺にかかり、戦後は肺浸潤と言われクロマイや、パスの世話になり、小学校1年2年は半分くらいしか登校しなかった劣等生であった。住宅地と農地が隣接していたので登校時に麦の穂をむしって粒を噛んでいるうちにグルテンが残りチューインガムを楽しんだ気分になった。進駐軍の米兵からチューインガムやチョコを貰った記憶を再現したかったのかも知れない。
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 前号で芥川賞のことを書いたが、読もうとしていた矢先に不整脈が見つかり急遽ペースメーカーを入れる手術を受けた。手術は簡単で痛みもなく入院中に今年度芥川賞受賞作品九段理江著『東京都同情塔』を読んだ。
 2022東京オリンピック&パラリンピックに新国立競技場が建てられたが、現行の隈研吾デザインの前はザハ・ハディド女史設計の流線型の優美なデザインだった。『東京都同情塔』の物語はこのザハ・ハディド案の国立競技場に隣接する新宿御苑に70階を超える超高層施設を建てて東京都民の中で同情に値する人々を無料で住まわせる計画に携わる女性建築家の話だ。
 AIを利用した文章を挿入するなどで話題になったが、作者の言いたいことは「言葉の崩壊」を嘆くことだ。「かつて私たちは言葉を十全に使いこなし言葉を平和や相互理解のために大いに役立ててきたのです。しかし今となっては言葉は私たちの世界をばらばらにする一方です。勝手な感性で言葉を濫用し捏造し拡大し排除した。その当然の帰結として互いの言っていることがわからなくなりました。喋った先から言葉はすべて他人には理解不能な独り言になりました。このような言葉の混乱にきっと皆様も大いに翻弄され、傷付けられ苦しまされてきたことでしょう。」
 『東京都同情塔』の作者はこれを言うために膨大な仕掛けを用意して本著を書き上げたのだと思った。
 言葉を弄ぶ政治家や宗教家への忠告なのか。俳句に於ける言葉の乱れにも警鐘を鳴らしているように感じた。