はいかい万華鏡(21)
─丙午 ひのえうま ─
                                             蟇目良雨 

 昭和39年の東京オリンピックの盛り上がり方は異常であった。それは敗戦後20年の日本の復興を世界に見て貰う為でもあった。更に空襲で無になった東京の再生を目的とした。首都高速道路を建設するために都心の主要な堀は暗渠になり江戸時代から続いていた水の景色が奪われた。日本橋の上を覆うように高速道路が走った。代々木公園が丸ごと国立競技場や選手村に改造され、羽田空港と都心を結ぶモノレールが走り、大阪と東京を結ぶ東海道新幹線が開業した。東京中工事だらけで埃だらけだった。
 私は大学3年生になっていた。電気工学科の学生達は学園祭で一周20㍍ある新幹線のNゲージ模型を作り走らせた。停止する際に発生する従来は捨ててしまったエネルギーを回収する回生制動という新技術も組み込んだことが自慢だった。私は東海道新幹線が地方にどんな影響を及ぼすかを研究して発表した。
 オリンピックは大成功に終わり、被爆学生坂井義則の点火式は感動ものだった。金メダルを得たバレーボールの東洋の魔女、重量挙げの三宅義信、マラソンの円谷幸吉とアベベの闘い等多くの思い出のシーンを残してくれた。この年の暮れに理工学部は新大久保に近い西早稲田に新築されて移った。そして翌年学費値上げ反対の学生運動が始まった。一因はオリンピックに金を使い過ぎたインフレのせいでもあった。

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丙午 ひのえうま

丙午のために今の私がいるということ
 今年は60年に一度来る丙午(ひのえうま)に当たる。かつて丙午生れの女性は「気が強い」「男を食い殺す」などと結婚の際に男から敬遠された歴史を持つ。
 五行説に基づく丙(ひのえ)が火に関係するとか、明暦の大火の火元になった八百屋お七が丙午生れだとか根拠のない話が積み上がって出来た迷信である。現在のネット社会におけるデマ中傷が根拠のないまま世の中に広がって既成事実のように定着する現象とそっくりである。人を差別したくなる人間の本質だ。
 さて、私が丙午をテーマにしたのは私の母が明治39年生まれの丙午で、このことで婚期が遅れ、そのために今の私が生まれたことを言いたかったのである。
 私の母の先祖は南部藩の御典医だった。明治も末の頃は盛岡の料理屋に生れ、若い頃は女優の田中絹代より綺麗であった。女子師範学校を出て盛岡市内で小学校の教師をしていたが、丙午生れのために縁談を断って婚期が遅れていたところを私の父が強引にプロポーズして結婚にこぎ付けた。このとき母は30歳。当時としては晩婚だった。父は三つ年下である。そして私が生まれたということは丙午の迷信が私の誕生に役立ったと勝手に思っている。因みに私の妻は八つ年上だった。120年前の話だが100年なんてあっという間に過ぎるのだということでもある。