はいかい万華鏡(22)
─神奈川沖波裏 ─
蟇目良雨
東京オリンピックの翌年の昭和40年はインフレの年であった。戦後20年間に蓄積した富を国家の威信を示すオリンピック開催のために費やしたために至る所で値上げが行われた。大学の学費等が値上がりすることになって早稲田大学で授業料値上げ反対運動が起こった。学生会館が100日間封鎖される異常事態となり西早稲田の理工学部の新築校舎に移っても勉強どころではなかった。卒業式も中止になり学部単位でひっそりと卒業証書授与式が行われた。卒業論文は半導体の発光現象を研究したものであった。卒業時の昭和41年は就職氷河期に当り私は大学院に進んで学校にさらに2年間を過ごした。
この頃の私は姉たちとの同居を止めて友人4名と一軒家のうちの2部屋を借りて自炊生活を始めた。場所は新宿区下落合の閑静な住宅地で私の恩師が借りていたものを引続き借りたのであった。四畳半と八畳の和室にトイレ、台所は共用。風呂場は屋根が壊れて雨漏りがするが独占使用できた。周囲は庭に囲まれていて、マンションなど流行らない時代の中で勝手にグリーン・マンションと名付けて共通の家計簿を付けながら貧しいながらも楽しい学生生活を送ったのであった。仲間が押し寄せてきて徹夜麻雀もやった。敷地は400坪あり大家さんの家と庭を挟んで建てられた一軒家で大家さんのスピッツが堅固な障壁を成した。
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神奈川沖波裏と春耕俳句の共通点
世界で一番有名な日本を代表する絵画は葛飾北斎の「神奈川沖波裏」だという事を議論するTV番組がありました。絵の核心は大きく盛り上がった波裏を潜って進む押送(おしょく)り舟の存在だという意見にはっと気が付かされました。さて皆さんは何艘の舟がこの絵に描かれているかお分かりですか。よく見ると3艘の押送り舟が描かれています。
盛り上がる波と中心にある富士山だけの風景画ならこれほどの感動を読者に与えなかったでしょう。大波の中を進む3艘の押送り舟に乗っている人達の必死に波に向き合う姿の面白さが北斎が描きたかったことだとすると、それは春耕がモットーとする「自然と人間の中に新しい美を追求する」ことと同じであることに気付かされたのです。
逆巻く大波の中に見える富士山だけで満足することもあるでしょうが、それでは単なる自然の描写に過ぎないと北斎は考えたのでしょう。大波の中を必死に耐える舟の乗客の頭の向きや体の傾き方に大自然に翻弄される人間の小ささが表現されています。1枚の絵に籠められた北斎の仕掛けを読み解くことが私たちに絵の楽しさを与えてくれます。俳句作品においても自然と人の生き様を積極的に取入れたいものです。
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