はいかい万華鏡(23)
─白山の蒲焼 ─
                                             蟇目良雨 

 下落合の「グリーン・マンション」の時代のことにもう少し触れたい。ここに住んでいた昭和42年から43年にかけての思い出話を小説に書いたことがあった。手元に、共に過ごした学友や妹との共通の家計簿が残っているので拾い書きして当時の生活ぶりを偲んでみたい。昭和42年3月頃のデータである。
 家賃(四畳半と八畳)5,000円(下宿代は畳一枚1,000円と言われた時代に大変安いのは恩師からの繫がりで大家さんの温情であった)。電気代953円、ガス代1,555円、水道代960円、便所汲み取り代30円~120円、朝日新聞580円、朝日ジャーナル340円などの領収書が残っている。その他家計簿を見ると電球一個55円、束子60円、包丁研ぎ280円、盆暮付届けに1,350円ずつ、ゴキブリ殺虫剤520円、トイレ殺虫剤500円、蚊取り線香75円などがあった。庭が広く夏は雑草が茂るので蚊がよく出た。台所には蛞蝓もいた。茶100円、紅茶200円、ネスカフェ428円、スキンミルク95円、粉末ジュース85円の支出によって私達の僅かな楽しみが窺われる。4人で費用を分担して暮し、やがて友人は九州の大学講師として旅立ち、私も東芝社員となり、結婚のためにここから去ったのだった。
 今では望んでも出来ない楽しい苦学生の生活を満喫できたことに心から感謝したい。

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白山の蒲焼

 白山といっても名峰白山でなく、私の住んでいる文京区白山の話である。頓に足が弱って来て今では200㍍を越える歩行は辛くなってしまった。そこで電動車椅子を購入した。
 試運転がてら我が家の東方にある西方というお屋敷町の高台へ登って町の様子をゆっくりと見た。自家用車から急いで見る景色と明らかに違った。茶室が路地の奥に見え発見も多かった。人間が歩く速度が物を観察するのに相応しいことも再発見だった。
 高台を降りると今は寂れた白山商店街の細い通りがある。ここに最近「関西風蒲焼」の店が出来たので車椅子を降りて入ってみた。私はかつて料亭を経営していて蒲焼も提供していたので鰻には詳しい筈だったが、この関西風蒲焼を食べたことが無かったので食べてみた。蒸していないのに柔らかい。香ばしい。大盛を平らげたところ主人から、84歳になって完食した人はいないと変な褒め方をされた。そのとき鰻好きの斎藤茂吉が思い浮かんだ。
 茂吉は若い頃、巣鴨の病院勤務の合間に、ここ白山三業地に遊んだという記録がある。カウンター席の隣に茂吉がいて、「もっと美味いものを食べて、遊ばないといい詩は生まれないよ」と言われた気がした。
 電動車椅子に乗って、青春を取り戻す私がいた。