コラム「はいかい漫遊漫歩」  松谷富彦

(66)命を返す野糞のよろこび ( 上 )

大徳の糞ひりおはす枯野かな  与謝蕪村

  二枚看板の「糞土師」を誇り高く名乗る男の話から入る。もう一枚の肩書はキノコ写真家、伊沢正名。2006年2月までいささか端的過ぎる「野糞師」を名乗っていたが、イラストレーター、小池佳一が「土を要とし、自らの肉体と大地とをひとつながりのものととらえる身上不二の思想の実践者にしてその道の練達、というニュアンスで『糞土師(ふんどし)』というのはいかが」と提案。伊沢自身、野糞師ではあまりに品がないと感じていたので、小池の妙案に〈 舞い上がり、すぐに返事を出した。「いまの私はさしずめ熱中糞土師(越中褌)です」〉(伊沢正名著『くう・ねる・のぐそ』ヤマケイ文庫)

 伊沢は同書の「あとがき」で〈 生きる基本の「食」は他の命を奪うことではあるが、それは動物としての人の宿命であり、生きる権利だ。そして権利を行使するなら、それにともなう責任を果たしてこそ、本物の良識だろう。糞土思想を一言で表せば「食は権利、ウンコは責任、野糞は命の返し方」。命を返す野糞こそ、人間がなしうる最も崇高な行為だ。〉と書く。

〈私は40年以上にわたり、命を返す野糞を1万2700回以上実行し、13年と45日(4793日)の野糞連続記録も達成した。(コラム子注:2014年5月1日現在)どんな困難な状況にあってもそれを乗り越えて実現するよろこびは、難易度が高ければ高いほど大きくなる。楽しみつつ、生きる責任を果たしていける「命を返す野糞のよろこび」を広めることが、糞土師のいま一番の生きがいであり、楽しみなのだ。〉

 同書の帯文を引く。〈 世界でもっとも本気にウンコとつきあう男のライフヒストリーを通して、ポスト・エコロジー時代への強烈な問題提起となる記念碑的奇書〉目から鱗、尻から雲古。感動の記録書の一読をお勧めしたい。( 文中敬称略)

(67)命を返す野糞のよろこび ( 下)

 ( 上)の冒頭に揚げた蕪村の詠句の「大徳」は修行を積んだ高僧、徳の高い僧侶を指す。会式に向う途中か、はたまた祭事を終えて寺に戻る途中か。大徳とて生身の人間、急に便意を催し、人家の途切れた枯野を幸いに衣をたくし上げて、大きい方を出し終えたなんともおおらかで人間臭い写生句!?

 大徳は、枯野で放ち終えて尻の後始末はどうしたのだろう。糞土師、伊沢正名さんなら手近の枯草、枯葉を選んで後処理し、出した物を地中に埋め、さわやかに立ち去る。糞土師は自著『くう・ねる・のぐそ』の「9章 お尻で見る葉っぱ図鑑」で〈 葉っぱでの尻拭い。それは、野糞に四季折々の彩りを添えてくれただけでなく、拭き心地の観点から葉っぱを探すという、新たな楽しみをもたらしてくれた。〉と書く。伊沢さんが〈季節ごとに重宝する代表的なもの〉として挙げる葉っぱを同書から引く。

〈[ フキ]「拭く」が語源のフキこそ、元祖トイレットペーパーだ。春の若葉は柔らかく、産毛もあって最高。夏場の伸び切った葉でもそこそこに拭け、何といっても大きいから、葉っぱ一枚で足りてしまうのがうれしい。[ クズ]至るところにはびこっているクズの蔓の先の若い葉は適当に毛が生えていて柔らかく、三条件(幅が四、五センチ、破れにくく柔らかい、滑らずに吸着性がある)を満たす。[ 紅葉したヤマウルシ・ヌルデ・ ヤマブドウ]どちらも葉裏の毛はふんわりとした感触で、葉っぱに触れた途端、肛門がヒクついてくるほど感動的だ。〉

 雲古俳句から引く—

僧正の野糞遊ばす日傘哉 小林一茶

菜の花の中に糞ひる飛脚かな 夏目漱石

山国や陸稲畑に父の糞 金子兜太

ハルポマルクス神の糞より生まれたり 西東三鬼

かるくかるく糞がでてゆく飛鳥の白昼 折笠美秋

夏草に糞放るここに家たてんか 佐藤鬼房

七月の童糞せり道の上 石田波郷

西行の野糞して行く花野哉 吉川英治

十薬の花びらほどを父糞りぬ   大石悦子